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丈は口煩い。親みたいに、親以上に。
反抗期の娘が親から逃げるように、リビングから退散することにした。
「待てよ、碧」
「ないない、話すことなんか何も」
誰かが階段を降りてくる音など、聞こえただろうか。
ドアのノブに手をかけた瞬間、扉が向こう側に開いた。ハッとして顔を上げる。
「おお、なんだびっくりした、碧か」
「公ちゃん」
「帰ってたんだ、おかえり」
〝おかえり〟は、私の台詞だけどね。
二カ月ぶりの兄、公亮が、驚いた顔をして目の前に立っていた。
「どうした、丈とまた喧嘩?」
「いや、喧嘩ではないけど」
「公亮からも言ってやれよ、いつまでもフラフラと夜遊びなんかしてるなって」
「だ か ら! 昨日はうっかり終電逃しちゃっただけ。いつもじゃないから。何!? 私を何歳だと思ってるの?」
「まあな、羽目を外すことくらいあるだろ。真夜中に歩いて帰る方が危ないからな、遅くなったら駅からはタクシー使うなりしろよ。紅利さんに心配かけるなよ?」
「はーい。気を付けまーす」
「……」
〝紅利さん〟とは、八重嶋 紅利、私の母のことである。
公ちゃんは母のことを本当の母親のように慕って大切にしているが、はじめて出会った頃から、ずっとそう呼んでいる。
おそらく、産み育ててくれた実母への思い。
紅利母も、それをよくわかっている。
「コーヒーのいい香りがするなぁ、俺の分もあります?」
「うん、ありますよ。今カップに入れる」
「おーおー俺に対する態度とずい分違うじゃねーか、俺には自分で入れろと言っておきながら。どちらかというと俺の方がお客様な」
「お客様って、その態度がダメなの。豆挽いて淹れただけでもありがとうでしょ、私まだ着替えてもないんだから」
「あ、どうぞ、着替えてきたら?」
「💢」
結局、くだらない事で文句を言い合う私と丈を見て笑いながら、公ちゃんがコーヒーの準備をしてくれることになった。
丈太郎には付き合ってられん着替えて来ようと、一人、二階の自室に向かう。
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