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「ドアが……黒いね……」
「ん? どうした、なに緊張してんの?」
「え……緊張なんか、してない」
部屋の前まで来て丈が鍵を差し込む間もじもじしていると、なんでだよ意味わからんと笑われる。たしかに少し緊張していた。
私の会社からも近いといえば近く、非常に便利な場所にあるこのアパートには、一度も招かれたことはなかった。当たり前だが。
仕事で遅くなった時や飲んで帰るのが億劫な時に、「泊めてー」とお世話になるのにちょうど良い……もっともそういう時はホテルを利用しているが。
こんないい場所に丈の拠点があったんだ。
もっと早く教えてくれたら、そう言うと、呼ぶわけないだろ一人暮らしの男の部屋に、と呆れられる。そりゃそうだわ。
「まあ、今日からはどうぞご自由に」
「え」
つき合うことになった、から?
ご自由にと言われても、どう反応したらよいかわからない。丈の雰囲気がまるで違い、距離感が掴めず、戸惑う。
そもそも私は、男の人の家に行く機会などこれまでほとんどなかった。大学生の頃つき合っていた当真先輩の家に何度か行ったことがあるくらいで。
それもお客様のようにちょこんと座って、「お邪魔します」という感じだった。
女友達の家に遊びに行くことも、そういえばあまりなかったし。私自身はずっと実家暮らしで、一人暮らしの世界がめずらしかった。
マッチ箱というほど狭くない。でも三十路男が住むにはコンパクト過ぎるか。学生さんが一人で住むのにちょうどいい広さだ。
生活感のあまりない、物の少ない部屋。
きょろきょろと見回して、興味津々で水回りなども見てまわる。
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