5.甘い手

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「何も面白いもの出てこないぞ」 「え、すでに面白い。台所が丈っぽい」  「台所はまあ、使うからな」 「男の人の一人暮らしの家に来る機会なんて無かったから新鮮で」 「ふーん、実家暮らしと付き合ってた?」 「いや、多分違う」 「って、知らないの? 一体どんなつき合いをしてきたんだ」  本当にね、表面だけのおつき合いだったのでしょうね。相手には聞かないし相手も何も言ってこなかった。興味が薄かったか、深く関わる気がなかったか。  部屋に来ない?なんて誘われなかったし、誘われたとしても行かなかった気がする。  例えば夜に会って食事に行くとか、飲みに行くとか、次の日が休みならそのままホテルに行くとか。休日に会って一緒に過ごすこともあまりなかったな。……あ、でも一度だけ映画に行ったことはある。丈に言ったら「は?」と言われそうな話しか出てこない。  部屋の大部分を陣取っているベッドに腰を下ろすと、丈も隣に来て座りそのままベッドに寝転んだ。丈に平行になるように私も横になり、お互いに耳のあたりに頬杖をつき顔を見合わせる。  丈が私を見たまま、視線を外さない。 「……やっちゃったな」 「……あのね、やっちゃったなじゃないよ、どうするのこれから」 「イヤじゃなかった?」 「今、それを聞きます!? なに? 順番が違うと思うんですけど、つき合えとか部屋に連れてくる前にさ、どうして私と?」  本当にお恥ずかしい身も蓋もない会話だが、丈となら格好つけず素のままで話せる。
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