5.甘い手

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 丈は眉間に皺を寄せて、ウンともスンとも言わなくなる。褒めているのに。 「なんか怒ってる?」 「怒ってませーん、そんなのいつでも作ってやる。あとは?」  なんだ、照れてたのか、分かりにく。  ……あとは、何がしたいかな、何だろう。  あ、 「旅行に行きたい」 「旅行?」 「どこに行きたいって訳じゃないんだけど」 「時々あちこちに出掛けてるよな?」 「ああ、それは一人旅ね、あとは父と母との家族旅行とか」 「二人旅はあまりなかったのか」 「……ああうん、まあ」  あまりどころか一度もない、そういう恋人同士で行く二人旅のようなものは。いつも、ここに公ちゃんと来れたらと夢を見た。  だからって、丈と二人だけで旅行するのもおかしいのか。 「やめやめ、やっぱ今のなし」 「いいよ行こう、旅行な、温泉宿でしっぽり美味いもの食べて飲んで、って感じ?」 「そう、それそれ。一人で行ってもいいんだけど、一人じゃ泊れない宿もあるんだよ」 「……なるほど」 「でも丈、連休なんて無理じゃない?」 「いや、大丈夫。なんとかする」  恋人とやりたい事、他には?   さらに聞かれる。  聞かれると案外いろいろ出てくるもので、恋人というより公ちゃんとやりたかった事、叶わなかった事。   「有名な花火大会を観に行くとか、ドライブして遠出とか、記念日に特別な食事をするとか……って、自分で言ってて痛い人に思えてきたんだけど平気? 私今年32です」 「年齢関係ないけど、碧がそういうのと無縁だとは誰も思わないだろうな」 「常に誤解されてばかりで困る」  丈は少し静かになった。  けれど抱きしめる腕の力が強くなる。  やっぱり、不憫だと思っているのかもしれない。同情しているのかもしれない。
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