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◇
それからは、丈と過ごす ままごとのような日々。だってこの部屋は、大人二人が食事したり話したりするにはさすがに狭くて、おそらく丈も私だから呼んでくれている。
私と丈は全く休みが合わず仕事の時間帯も違うため、丈の休みの日と私の休前日は仕事帰りに私がここに寄るのが、暗黙のルールになった。
「おかえり」
「ただいま」
お邪魔します、さあ上がって。ではない、最初から。ドアを開けると、今日も美味しい匂いがする。
冷蔵庫に入れて冷やしてあった、飲み口の薄いビアグラスにビールが注がれる。
「あーー生き返る、幸せっ、最高~」
「美味そうに飲むなあ」
「美味いもんすっごく。こんなキンキンのビール、それでこのグラスだから口当たりが良くなるんだね。うわ何これ、ムール貝?」
「ムール貝のマリニエール、一番簡単なワイン蒸しな、漁師料理。めちゃ簡単」
「んー-、うま、魚介のエキス、濃い!」
忙しなく感動しながらパクパク食べている私を見て、作り甲斐があるなと笑う。
今日のメニューは「洋風居酒屋風」のようだが、ザ和食といった日もあるしハンバーグやポテサラ、冷奴という家庭料理っぽい日もあった。丈がその日の気分で作ってくれる。
「料理人はプライベートではあまり料理しないって言わない?」そう聞くと、
「そういう人もいるけど、俺は自分で作った方が美味いから普通に作るし、全然苦にならない」と言う。
「毎日ここで夕飯食べたいくらい」
「だから来ていいって、俺は居ないけど」
丈からは来るなと言われる事もないが、もっと頻繁に来たらと言われることもない。
「しょっ中、家に誰かいたら疲れない?」
「疲れてるように見える?」
「見えない。楽しそう」
「だろ? 碧だからな、わりと楽しい」
そんなことを言われると甘えてしまう。
この間は仕事で嫌なことがあって、疲れてボロボロの状態でここに来て、初めて合鍵を使った。週末でも丈の休みの日でもないため丈は居なかったが、まるで自分の家にでも居るかのように支度して、丈が作り置きしてくれたおかずを温めて食べた。
深夜遅く、ベッドを占領して寝ていると、人の気配がする。勿論、この部屋の主だ。
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