5.甘い手

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◇  それからは、丈と過ごす ままごとのような日々。だってこの部屋は、大人二人が食事したり話したりするにはさすがに狭くて、おそらく丈も私だから呼んでくれている。  私と丈は全く休みが合わず仕事の時間帯も違うため、丈の休みの日と私の休前日は仕事帰りに私がここに寄るのが、暗黙のルールになった。 「おかえり」 「ただいま」  お邪魔します、さあ上がって。ではない、最初から。ドアを開けると、今日も美味しい匂いがする。  冷蔵庫に入れて冷やしてあった、飲み口の薄いビアグラスにビールが注がれる。 「あーー生き返る、幸せっ、最高~」 「美味そうに飲むなあ」 「美味いもんすっごく。こんなキンキンのビール、それでこのグラスだから口当たりが良くなるんだね。うわ何これ、ムール貝?」 「ムール貝のマリニエール、一番簡単なワイン蒸しな、漁師料理。めちゃ簡単」 「んー-、うま、魚介のエキス、濃い!」  (せわ)しなく感動しながらパクパク食べている私を見て、作り甲斐があるなと笑う。 今日のメニューは「洋風居酒屋風」のようだが、ザ和食といった日もあるしハンバーグやポテサラ、冷奴という家庭料理っぽい日もあった。丈がその日の気分で作ってくれる。   「料理人はプライベートではあまり料理しないって言わない?」そう聞くと、 「そういう人もいるけど、俺は自分で作った方が美味いから普通に作るし、全然苦にならない」と言う。 「毎日ここで夕飯食べたいくらい」 「だから来ていいって、俺は居ないけど」  丈からは来るなと言われる事もないが、もっと頻繁に来たらと言われることもない。 「しょっ中、家に誰かいたら疲れない?」 「疲れてるように見える?」 「見えない。楽しそう」 「だろ? 碧だからな、わりと楽しい」  そんなことを言われると甘えてしまう。  この間は仕事で嫌なことがあって、疲れてボロボロの状態でここに来て、初めて合鍵を使った。週末でも丈の休みの日でもないため丈は居なかったが、まるで自分の家にでも居るかのように支度して、丈が作り置きしてくれたおかずを温めて食べた。  深夜遅く、ベッドを占領して寝ていると、人の気配がする。勿論、この部屋の主だ。
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