5.甘い手

20/54
前へ
/269ページ
次へ
 その日を境に、丈と肌を重ねることは当たり前になった。同じベッドで寝ながらなにもない方がおかしかったわけだが。 「なんで我慢してたの?」と、また丈には思ったことをそのまま聞いてしまう。そんな私をジッと見て、デコピンを一発食らわされただけで何も答えてはくれなかった。  丈と気まずくなったり関係が壊れるようなことがなく過ごせることに、正直ホッとしていた。  やるやらないに関わらず、丈の家に行く回数は次第に増えていった。ちゃっかり次の日の着替えを持って出社することもある。  あんなに何もない狭い空間なのに居心地が良すぎて、行きたいと思っても我慢して帰る日があるほどだった。  そうなってくるとさすがに母からは、 「碧あなた彼氏でもできた?」と、心配される。そんなに頻繁にただの友人宅には泊まらないだろうという当然の疑念。 「信用のおける人なの?」 「……うん、おける人」 「ならいいわ、親が口出す歳でもないし」 「うん」 「そのうちお会いしたいけどね」 「うん、そのうちね」 「まあでも、ぶっちゃけ妊娠が先でもいいんだけどなぁ、あなたの年齢なら」 「母親の言うことですか」  勿論、そうならないよう気を付けている。  私は婦人科の治療でピルを飲んでいるし、妊娠には至らないはずだが。  お母さんもお父さんも、もう何度も会ったことのある人と、今私、一緒に過ごしているの。よく知ってる人、すごく優しい人で。  でも家族には堂々と「恋人」とは言えないの。    父や母、日向が知ったらどう思うだろう。  後ろめたいことなど何もないはずなのに、後ろめたい。
/269ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6196人が本棚に入れています
本棚に追加