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しばらく公ちゃんとは会っていない。
避けているわけではなく、公ちゃんが実家に来る機会が減ったというのもある。
『公には言わないから』
丈は私にそう言った。
あれは、どういう意味だったのだろう。
あんなに会いたいと思っていた公ちゃんと、今は会うのが少し怖い。
◇◇
「一人暮らしでもしようかな~」
「え?」
社食で、同じ広報部で働く同僚達と昼食をとっていた。ポロリと漏らしてしまった一言に、後輩一同が一斉に食いつく。
「どういう心境の変化ですか!? いいじゃないですか一人暮らし」
「遠いですもんね」
「そうそう」
「もしかして、恋人でもできたんですか?」
「……」
「あれ………否定しない。いつもならすぐに〝いませーん〟て言うのに」
「八重嶋さんに彼氏!?」
「あーー、うん、まあ」
「え!?」
驚いて声を出したのは、私達ではない。
偶然すぐ隣のテーブルにいた総務の面々の中に渡会 陽ちゃんがいて、目が合う。
思わず発した自分の声にびっくりしたようで、口を押えて慌てている。その表情が面白くて、ひらひらと手を振った。
「ねーー、渡会さんも気になりますよね!? 八重嶋さんの彼氏とか」
「いえあの……すみません盗み聞きみたいな真似を」
「彼氏どんな人ですか? もしかして社内にいるとか!?」
「いやまさか。料理人、幼馴染み」
「ええっ!!」
また陽ちゃん……笑わせないでよ。
多分、それが誰なのかわかったのだろう。
「あっ、そういえば八重嶋さん最近、T駅でよく見かけるって同期が言ってたんです」
「アハハ、どういう情報網なの」
T駅は、丈のアパートの最寄り駅だ。
「その同期もT駅を利用しているので」
「ああ、そういうこと」
「朝も時々見掛けるって」
「声掛けてくれたらいいのに」
「いやいや恐れ多くて、八重嶋さんに声なんて……あ、てことは、先々週くらいかな……八重嶋さん駅の近くのガード下の屋台で、ラーメン食べてませんでした!?」
「ええっ、なぜそれを! 怖いんだけど」
その日は例の7日で、丈が冗談のように設定した記念日だった。
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