5.甘い手

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 記念日は特別な食事をする、という約束を丈は実行するつもりのようで──。  最初の○月日は、私が仕事の打ち合わせで残業であることを伝えると、丈も当然夜は仕事で、帰りは丈の部屋に寄る約束をする。 アパートに着いたのは22時を過ぎていた。  テーブルの上にちょこんと、小さなお重、のようなお弁当が二つ。  私と丈の夕食、だと思う。  蓋を開けて、あまりの美しさに驚いて数秒固まった。そしてその後はスマホで激写する。す、すごすぎるんだけど…………。丈が言っていた通り特別感が半端ない、お手製のお弁当だった。  夜遅く食べることを考慮してか、揚げ物など脂っこいものは一切入っておらず、身体に優しいおかずばかり。しかもどれをとっても私の好物だった。  一人で床に座り、お弁当の前で正座して、一品一品を噛みしめながら食べた。  これをわざわざ丈が仕事に行く前に作ったの? 一緒には食べられないけど、自分の分まで。  ちょっと待って、ダメだダメだ、毎月七日とか、こんなの負担になるって。  丈がマメなのか、女性に尽くすタイプなのか、こんな風に誰かに何かしてもらった経験がないので、どうしたら良いかわからない。私なんかのために無理をしないで欲しい。帰ってきた丈にそう訴えると、 「大丈夫だって、俺一応プロだぜ?」 「わかるけど、勿体無くて食べられないし」 「全部きれいに食ってるじゃん」 「すっごく時間かけて食べたわ! 美味しかった、けれども!」 「それで起きて待ってたのか?」 「あのね、こんなお弁当食べて、ハー美味しかったーーって眠れるほど厚かましくない」  丈は笑って、私の反応を気にする様子もなく、自分で作り上げた芸術のような弁当をあっという間に平らげた。 「こういうの考えるの好きだからな、来月はまた別パターンでいこう」 「いいよいいよ、本当にもっと手抜きのやつで。うどんとかラーメンとかさ」 「ああ、それもいいな」
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