5.甘い手

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 そして、次の7日というのがつまり、その誰かに目撃された、先々週に行った屋台のラーメンだった。  丈の仕事が休みの日に、私が仕事から帰ると、アパートから歩いて十分くらいの場所にあるラーメンの屋台に連れて行かれた。 丈が長く通っている店らしく、店主とも仲が良い。この場所で営業する曜日は決まっているので、ここで食べられるのは週に一度だけらしい。メニューは醤油ラーメン一択だ。  一口食べただけで感動する、シンプルだけど完璧な一杯。え、う、うんま………… 「美味しいいーー」 「だろ?」  これまで食べてきた醤油ラーメンの中で、一番かも。大袈裟な話ではなく。  特別にと、事前に丈が頼んでくれたらしいエビワンタンも付けてくれた。   「いやしかし、斎木君の彼女さんすごい美人さんだな、ドキドキしちゃうんだけど」 「あ、今日ちょっと雰囲気違うもんな店長。緊張してる」 「そういうこと言わないで。男は皆、美人に弱いの!」 「ラーメン美味しいです、すっごく」 「あら、もっとワンタン茹でましょうか?」 「だからなんか変だって、今日」  屋台でラーメンを食べるのなんて初めてだった。ラーメンを堪能する後ろ姿を後輩に目撃されているとは思わなかったが。やはりどこで誰に見られるかわからない。  帰り道は、夜風に当たりながら手を繋いで並んで歩く。 「アラサー二人が手を繋いで歩くとか、恥ずかしいんですけど」 「誰も見てないって。それに俺、アラサーという枠からはみ出た年齢」 「なんか丈といると太りそう」 「帰ったら少し運動するか」 「……エロいこと言ってる?」 「言ってねえわ」  泊まりの旅行はまだ無理だが、再来週はちょっと遠くまでドライブに行くことになっている。それから、丈が観たいというマニアックな映画を観に行く予定もある。  私がこれまでにしてこなかった恋人同士のべたなやり取りを、丈が体験させてくれているような気がした。考え過ぎだろうけど。  7日が二回目、ということは、丈と過ごすようになってすでに二カ月が経過していた。
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