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私と父の間に、血の繋がりはない。
私が二歳の頃、母の再婚をきっかけに一緒に暮らし始めた人。だから物心ついた時にはもう、お父さんは私のお父さんだった。
私のもう一人の父、実の父親は、私が生まれる直前に病気で亡くなったそうだ。
お互いに一度も会う事はなく、その温もりを私は知らない。
けれど亡くなった父の顔は、毎日毎日写真を見ながら育ったので大丈夫だ。愛する娘に会えずして逝った写真の中の父も、この父も、私のお父さんだと思っている。
「──公博さん」
突如後ろから、父が名前で呼ばれた。
知らない声、少し低音だが、少年の声。
振り返ると、制服姿の中学生位の男の子がこちらを見ていた。ハッとして隣を見ると、お父さんは優しそうな目で微笑んでいる。
あ、この人だ。
この人なんだ!
「早いな公亮。もしかして探したか?」
「いえ、ちょうど今着いたところです」
小学六年の私と、中学二年生の男の子。
互いにもうある程度は分別がつく、多感なお年頃の私たち。
私のお兄さんになる人。
日向にとっては腹違いの実の兄。
これから、私たちの家族になる人。
賢そうで、いかにも優等生の様な雰囲気のその男の子は、お父さんと顔や雰囲気がよく似ていた。
「碧、おいで」
「はい」
「挨拶しようか」
「あ、はい。……こんにちは」
「こんにちは」
小学生の私相手に、深々と丁寧にお辞儀をしてくる。背が高くて、優しそう? うちのクラスの男子と本当に二歳しか違わない?
「はじめまして、八重嶋 公亮です」
私と同じ苗字なんだ。なんでだろう?
「どうした碧、緊張してるか?」
「してませーん」
うそ、本当はすごくドキドキしていた。
「いきなりお兄ちゃんとか呼びづらいし、〝公亮君〟でもいいですか?」
「はい勿論、なんでも」
変な人ならイヤだなと思っていたけれど、いい人みたいで良かったよ。少し頬が緩む。
まさかこの出会いが、目の前にいる彼が、この先十数年では利かない位、洒落にならない程の長い間、私の心を惑わし占領し続ける大切な人になるなんて思いもしないで、
「はじめまして公亮君、八重嶋 碧です。どうぞよろしく」
のん気な自己紹介と共に、右手を差し出した。
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