1.花は折りたし梢は高し

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「やめてよ碧ちゃん」 「べつに、笑わせようとか思ってません」  傍から見たらすごくおかしな会話かもしれないが、私と透さんの間には間違いなく成り立つ、正当なやり取りだ。 「本当は、手放すのが惜しい」 「面白いから?」 「可愛くて」 「ならまだいいじゃない」 「けどこれ以上一緒に過ごしたら、あなたに言いたくなるから。結婚しましょうって」 「それは、困る」 「うん、わかってます」  賢くて穏やかで、けして無理は言わない。  この先も私の気持ちが変わらないことを、ちゃんと理解してくれている。  私は常にそういう男性を求めてしまう。  相手は自分で選ぶ。好かれても困る。  条件はいくつかあって、ぬるま湯のような私のことを適度に受け入れてくれる人、私に本気にならない人、熱くならない人、間違ってもストーカー気質の人には近づかない。 「ごめんね碧ちゃん」 「ううん、謝らないで。こちらこそごめんだよ」  最初から、その約束だったでしょう? どちらかが止めたくなったらやめ時だって。  透さんはいろんな意味で絶妙な人だった。  でもそうと決まれば取るべき行動は一つ。  別れ話をした相手と、このままだらだら居続けるほど野暮ではない。  着てきたものをゆっくりと身に纏うのを、透さんは黙って見ていた。  元気でねと握手して、先にホテルを出る。  残念だけど、さよならだ。 □  まだ六時台、早朝の外気は少し肌寒い。  朝夕と日中の気温の寒暖差がある季節で、透さんと出会ったのも、去年のこのくらいの時期だったことを思い出した。  結婚したいかあ……するよなそりゃ、いい人がいれば。もしかしてすでに、気になるお相手がいるのかもしれないし。  アラフォーで優しくて包容力があって、多分経済力も社会的地位もそれなりにある人。うーん……引く手数多(あまた)だわ。  一年前と、気持ちが変わったのだろう。  羨ましい。  私はまだ、同じ場所をうろうろしているというのに。  ひと晩を共にした相手からの別れの言葉、フラれたことに他ならないのだが、私からは一ミリも涙は出ない。ただ残念だなって思うだけ。置いて行かれたような焦燥に駆られるだけ。
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