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駅に向かって歩きながら、休日の静かな朝に溶け込む様々な人たち、すれ違う彼らを観察する。
ジャージ姿でジョギングをしているお兄さん、スクーターに二人乗りして大声で会話をしているカップル、今ころ新聞配達?のおじさん、制服姿で歩いている高校生たち、飲みの帰りで朝帰り中なのか、怠そうに話している二人組の男の子、自転車に乗るおばさま、
皆さんこれから、どこへ帰るのですか?
帰る場所はありますか?
私はこれから一時間以上電車に揺られて、うちへ帰ります。
実家という名の、私の居場所へ。
約三十年間生きてきて、私はたったの一度も実家を出たことはない。一人暮らしも二人暮らしもしたことはない。
いまだに、小学校高学年の頃はじめて与えられた小さな自分の部屋を拠点にしている。
これでは立派なパラサイトシングルと呼ばれてしまいそうだが、家に入れているお金は平均よりもだいぶ多いはずだし、身の回りのことは勿論、家事の半分以上は私が担当している。経済的、精神的、生活的な自立はできているつもりだ。
どうしても実家に居たい理由があった。
朝帰りをするような一端の大人になってもそこは譲れず、変わらない部分だった。
今日、今の時間は、家には誰も居ない。
父と母は看護師をしており、二人そろって夜勤という日は夜中に誰もいなくなる。
私達が小さい頃は二人の勤務時間をずらし交替で子守りをしてくれていたが、今はなるべく休みを合わせることにしているようだ。
兄の公亮はとっくに独立して隣町に住んでいるし、弟の日向は彼女と半同棲中であまり帰ってこない。誰かと会って泊まるなど、なんとなく後ろめたいことをする時は、朝に帰ったところで誰もいないという日に限る。
*
自宅へ着いた時にはもう、午前八時を回っていた。いつものように鍵を開けようとすると、違和感。
あれ…………開いてる。
玄関のドアを開けると、見覚えのある靴が二足並んでいる。
来てるの?
今日、帰って来ているとは。
一度自分の部屋へ行きたいのだが、部屋の造りがリビングを通過しないと行けないような構造になっている。
居ませんようにと思いながら、リビングのドアを、何食わぬ顔で開いた。
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