1.花は折りたし梢は高し

5/20
前へ
/269ページ
次へ
 靴を見て大体わかっていたけれど、 「ただいま……あら、丈太郎(じょうたろう)さん。いらしてたんですか? 朝から」 「……おかえり、なんだよその口調。お早いお帰りで」 「なにしてんの(じょう)、人ん家のリビングで」  兄の元同級生で友人でもある斎木 丈太郎(さいき じょうたろう)がリビングにいて、まるで自分の家にいるかのようにくつろいでいる。 「また朝帰りか」 「またってなによ、滅多にないから。友達と飲んでたら盛り上がっちゃって終電逃して、泊めてもらっただけですが」 「ふーん、友達ねえ」 「……」  嫌味くさい。  わかっているならいちいち聞くなよと思いながら、台所に行き手を洗う。 「めずらしいね、丈が土日休みなんて」 「ああ、店の改装工事で水曜まで休み」  丈太郎は、私の会社近くのフレンチ店で、シェフをしている。オーナーがいて雇われている立場だから自分の店という感じではないが、基本的に土日は仕事で、それ以外平日もいつも忙しそうにしている。  時々食べに行くけれど常に予約で埋まっているような人気店で、丈と会えるわけでもない。滅多にない週末の休日に、こんな場所でなにをしているというのか。  丈太郎が一人で勝手にこの家にいるわけはないから、もう一人も、この家の中にいるということだ。 「(こう)ちゃんは?」 「今二階の自分の部屋。これから二人でソロキャンに行くからその準備。川釣りと」 「二人で行くならソロじゃないじゃん」 「まあテントはそれぞれ持って行くからな、バイクで行くし」 「33の男が二人でソロキャン……」 「悪いですか? いいんだよ、一番気楽、気ぃ遣わんし。碧も行くか?」 「……バイクで行くんでしょ? 行かない」
/269ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6193人が本棚に入れています
本棚に追加