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しかし、彼は音もなく視界から消えた。
「ごめんなさい」
深々と──本当に深すぎて頭のてっぺんが鷲尾の足に擦れてしまいそうなぐらいに──深く頭を下げていた。
「いまは無理です。そんなこと考えられません。いまは仕事だけに集中したいのに……ただでさえ失敗つづきなのに……付き合うなんて……絶対に無理です。ごめんなさい」
顔を上げ、鷲尾の心を気遣うようにニコッと微笑んだ。かと思えば、なにかを祈るように胸の前で両手をあわせてもう一度深く頭を下げた。
「明日からもボクにとって鷲尾くんがとても大切な人であることに変わりはないです。けど、でも……どうか、仕事仲間のままでいさせてください。おねがいします」
「一條さん……」
痛みも悲しみもなかった。
ほんの一瞬でも明るい笑顔を見せてくれたおかげだ。
むしろ、鷲尾の胸は感動にうち震えていたぐらいだ。
なんて誠実な人──真面目すぎる──かわいい──触れたい──触れられない──。
「ごめんね……こんなボクのことを好きになってくれてありがとう。とても嬉しい。せっかく告白してくれたのに、本当に、本当にごめんね」
そんな風にやさしく傷口を撫でられたら、
また愛おしくなってしまう。
「鷲尾くんなら必ずいい人にめぐりあうと思う……、どうかその人と幸せになって」
──一條さん、ごめんなさい。それでもやっぱり、あなたが好きです。
鷲尾は広げかけた両手で自分自身を抱きしめ、ぐっと唇を噛んだのだった。
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