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静かだった。
築45年のボロアパートはちょっと耳を澄ませただけで他の住民の足音や笑い声が四方八方からしていた──はずなのに、そういえばここ数日なにも聞こえない。
おそらく、残っている住民は鷲尾だけなのだ。
「まじかよ……わっ!」
とりあえず荷物をおろそうと肩を揺らした瞬間、じゃりっとするものを踏んづけた。
ボロスニーカーの靴底にへばりついている白い粉のようなもの。
たぶん、塩だ。
なんでこんなもの──舌打ちした瞬間に記憶はよみがえった。
今年の正月、情報番組のロケで占いの館に行ったとき──。
「そこのスモール縄文人、お時間よろしいか?」
鷲尾のコンプレックスである“目鼻立ちがくっきりしすぎの顔”と“ちび”を見事撃ち抜かれ、振り返らずにはいられなかった。
「キミの未来を視てあげよう」
忍者風の黒頭巾、常夏の海のように輝くスキーゴーグル、下品なほど真っ赤なスカーフ、パステルピンクのもこもこフリース──ひとりで5役のスーパー戦隊みたいな占い師が腕を組んで立っていた。
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