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「あのコンビ本当にかわいいね! 白木さんとアメごろー!」
「一條さんとにじっぴなっ! わざとだろお前」
子供のころ、葵はぬいぐるみと遊ぶのに夢中だった。人間の友達よりぬいぐるみのほうが多かったほど。
ふわふわ達の声が聞こえるらしく、捨てられたり忘れられたりしたものを拾っては『だいじょーぶだよ』と慰めていた。
着ぐるみはでっかいぬいぐるみのようなものだ。
葵がにじっぴをチェックしていないわけがなかった。
「にじっぴちゃんはアホっぽくて癒やしでかわいいけどさー、マニアとしてはちょっと物足りないんだよねえ……。いつもあんまり動いてないけど、ちゃんと中の人いるの?」
「何言ってんだ。着ぐるみの中に人がいて当たりまッ──」
鷲尾はへらへら笑いながら、買ってきたばかりの大人のオモチャのパッケージシールを空けようとしていた。
だが、つるりと手がすべる。
傾き気味のボロいフローリングをオモチャはゴロゴロと転がっていく。
そして鷲尾の脳内もぐるぐる回転していた。
──そういえば、誰だ?
着ぐるみに人間が入っていないわけがない。それなのに──。
知らない。
縦にも横にもボリューミーなオレンジ色の空気のかたまりは、放送時間が近くなるとどこからともなくあらわれる。
大豆サイズの黒目からどうやって周囲を把握しているのか不思議なぐらいに誰の手も借りず、ひとりでのそのそと歩いて準備をし、本番を迎え、撤収するのだ。
朝がくれば勝手にのぼってくる太陽同然の存在。
毎日とてもシンプルな繰り返しで、疑うひまもなかった。
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