第1話 一條さんとにじっぴ(と鷲尾)

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   鷲尾はあわてて「あと15秒」というカンペを一條さんにむけてアピールする。  残り時間を急に宣言され、一條さんは激しくうろたえるかと思ったが──情けなく潤んでいた彼の両目にキッと凛々しい力がこもった。  にじっぴのほうを一切見ることなく、背筋を正してカメラ目線。  啓蟄(けいちつ)とは、冬ごもりをしていた虫があたたかさに気づいて地上へ這い出てくる頃のこと──そんな説明がかなり早口気味に右から左へと流れていく。  完全に置いてけぼりのにじっぴは、たいして興味無さげにポケーっと突っ立っている。  直立に飽きた三歳児のように、左右に体をねじって遊びだす始末。  それでも一條さんの時間配分は完璧。放送終了まであと8秒。   「お団子がますます楽しみになったって? にじっぴは本当に食いしん坊だね! き、きじょう……、ッ!?」  最後の最後で余裕を見せて、にじっぴに声をかけたのがいけなかったのだろう。 「き、ちじょ……う ……じょうの、きちょ、いじょう気象じょ──」  一條さんは『以上、気象情報でした』と言いたいのをおそろしいほど噛み倒し、顔面蒼白のパニック状態。  そんなこんなで貴重で異常な一條の気象の情報をお茶の間にさんざん振りまき、放送は容赦なく途切れた。  そして今日も夕方4時57分からの3分間という長い戦いが終わったのだった。  
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