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・・・あそこで踏みとどまっていたら、こんなことになんてならなかったのに。
今更後悔してもしきれない。一砂はただ流された自分を呪った。こうして地獄のような週末に付き合わされも耐えていられるのは、拓が家からこっそり新しいBL本を拝借して読ませてくれるからだ。
一砂の母親も大量にコレクションを持っていたけれど、拓の母親の方が趣味が近かった。
「おい!力を抜けって言ってんだ俺は。力んでんじゃねえ」
「んなこと言われたって、どうすりゃ力が抜けるかなんてわかんねえよぉ」
「漏れそうになった時のことを考えろ。ああいうイメージだ」
「むりむりむり。ああ〜痛い」
・・・しっかし、こいつ、恐ろしい男だ。素質がなさすぎる。もう何回もこうして突っ込んでんのに、まだ指一本しか入らねえってどういうことだ
「もうお前これ無理だと思うぜ」
「だからそんなこと言うなよ!お前が下手なんじゃねえの」
「あ?童貞にテクニック求めてんじゃねえよ」
「いいから続けろって。ほら、こうしていればきっと明るい未来が」
「この穴の先には暗い絶望しか見えねえんだけど」
色気なんてへったくれもない。汗だくになりながら穴を耕す。セックスはスポーツだとどこかで聞いたことがあるが、これはもはや農作業だ。
「開発してくれたら、次はお前の開発してやるからさ」
「俺はそこまで冒険する気ねえ!」
その時、玄関のチャイムが聞こえた。
二人はピタリと動きを止め、無言で見つめ合う。
ーーーやべえ。来客だ
互いの視線から、これ以上ないほどの動揺を感じ取る。どうにかやり過ごせないかと思っていたら、再びチャイムが鳴らされる。
出るしかないと悟った一砂は勢いよく指を引き抜くと、痛みに喘ぐ拓に声を出すなと言い聞かせて玄関に向かった。
扉を開けると、見たことのない女性が立っていた。自分の母親と同じくらいの歳っぽいな、と笑顔の女性を眺めながら思った。
「あのう。先日同じ地区に越してきた赤西と言います」
「はあ」
そういえば、この前母親がそんなことを言っていたっけ。
「親御さんはいらっしゃいますか。ご挨拶をと思ってこちらを持ってきたのですけれど」
上品そうな微笑みを浮かべる赤西さん。手には、有名な洋菓子店の包みを持っていた。一砂が親は仕事だと伝えると、赤西さんは申し訳なさそうな顔をする。
「あら。お忙しいのね。それじゃあまたの機会させていただくわ」
頭を下げ、そのまま帰ろうとしたところで赤西さんはパタリと止まった。口元に手を当て、ちらりと一砂を振り返る。
「そうそう、君。歳はいくつなの?どこの学校に通ってる子?」
興味津々といった様子でジロジロと上から下まで視線を向けられる。
・・・なんだ急に
居心地が悪いなあなんて思ったが、人見知りの自分でも、さすがに顔には出さなかった。
「17歳です。えっと、鞍馬南高の二年です」
赤西さんは目をパチクリさせた後、明らかに残念そうな顔をした。
「まあ。二年生なのね。実は私にも高校一年になる息子がいてね。よければ仲良くしてもらえたらなって思って」
「息子さんも、鞍馬南なんですか」
「ううん。左和ヶ丘高に通ってるの」
それを聞いて、一砂は少しホッとする。
・・・じゃあ、あんまり関わることはねえな
基本、人付き合いは狭く深くのタイプなので、新しい人と交流するのは正直苦手だった。
それじゃあと再び頭を下げると、赤西さんは今度こそ本当に歩き去っていった。
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