19人が本棚に入れています
本棚に追加
Crush On You
月曜の朝。
すでに仕事へ向かった母親が、めずらしく朝食を作ってくれていた。
一砂はのんびりと食べながら学校の支度をする。
家から高校までは3駅しか離れていないので、いつも朝はゆっくりだった。同じ高校に通う拓は一砂よりも遠くに住んでいるので、よく文句を言ってくる。
家を出て、音楽を聴きながら駅までの道を歩いた。
もうすぐ夏になるのに、まだ衣替えじゃないので、学校指定のベストを着ている。歩きながらだんだんと汗ばんでいく肌。たまに吹く穏やかな風が、心地よく温度を奪っていく。
イヤホンから流れていた音楽が、ラインの通知音で一瞬、かき消された。ポケットに入れたスマホを開くと、拓がクラスで仲の良いメンバーのグループラインにメッセージを送っていた。
拓:やべえ、古文、終わった
誰か宿題見せてくれるやついない?
そのメッセージを読んで、一砂は自分の古文も終わりそうになっていることを知った。
一砂:頼むよまじで
俺と拓を助けてくれ
拓:お前もかよ!!
・・・そういや宿題あったっけ。すっかり忘れてた
拓と下半身の冒険を始めてからというもの、一砂は自分がどんどんバカになっている気がして焦りを感じる。
宿題をしなければと小走りで駅へと急ぐと、住宅街に、いつもは見慣れない後ろ姿を見つけた。そいつも一砂と同じように、駅の方面へと歩いていっている。
・・・あのブレザー、佐和ヶ丘のだ
その男子学生は、肩につくかつかないかくらいの少し長めの黒髪を、無造作に風になびかせていた。背がかなり高そうだけれど猫背気味で、ポケットに手を突っ込みながらダラダラと歩いている。
一砂は追い越そうと歩調を早めたけれど、その男子学生の歩くスピードが絶妙でなかなか追い越せない。
・・・くそ!
とぼとぼ歩いているように見えて、実際のところ歩くのがかなり速いらしい。足が長いのか、頑張って小回りで足を動かしている一砂はプライドが傷つけられた。
後ろから猛然と追い上げる足音が聞こえたのか、それとも地面に浮かぶ一砂の陰が視界に入ったのか、それとも一砂の殺気を感じ取ったのかは知らないが、学生がふと後ろを振り向いた。
風になびく前髪が学生の目元を覆い隠す。近くに寄って気づいたが、かなりの音量で派手な音楽を鳴らしていた。
すれ違う瞬間に横目で学生を見ると、思いっきりラフに着崩したワイシャツの首元から、シルバーのネックレスが光っている。
・・・うっわ、チャラそうなやつ
学校では二、三軍あたりのカーストにいる一砂にとっては、あまり関わりたくないタイプの相手だった。
学生が軽く歩調を緩める。一砂はチャンスとばかりに早歩きで追い越した。
最初のコメントを投稿しよう!