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ちらりと後ろを振り返ったけれど、学生は足を止めたまま道路に突っ立っていた。
・・・やっべ、俺感じ悪かったかな
少しだけ鼓動が早まった。でもまあ他校だし、どう思われても別にいいや、なんて開き直る。けれどやっぱり臆病な一砂は、明日からは登校時間を少しだけ早めようと決意した。
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翌朝。
そんな決意もむなしく、一砂は思いっきり寝坊した。目が覚めた時には一時間目が始まっていた。ここまでくると逆に感動してくる。清々しい朝だ。
友人たちに寝坊したことを連絡すると、すぐさまグループラインに嘲笑のスタンプが届く。おそらく授業中だろうに、一砂を煽るメッセージが飛び交った。
それらをすべて無視して、一砂は悠々とシャワーを浴び、トーストを焼きながらコーヒーを淹れる。
いつもはインスタントだけれど、あえてドリップ式で抽出したものをいただいた。家にコーヒーミルがあれば、きっと一砂は豆から挽いて飲んだだろう。
もう完全にアウトなレベルの遅刻をすると、なんでこんなにも心に余裕が生まれるのか。
たっぷりと時間を使って朝の支度を終えると、一砂はようやく家を出た。人気の少ない通学路をのびのび歩いていると、いつも通り過ぎる十字路の左側から、佐和ヶ丘の制服を着た背の高い男が現れた。
一砂はぎょっとして立ち止まる。そんな気配に気づいたのか、佐和ヶ丘の学生も一瞬だけビクッとして足を止めた。
謎の間が生まれる。
・・・なんだこの空気は。やばい足止めちまった。どうすりゃいんだ?誰か教えてくれ。俺は早く学校に行きたい
すると、気まずそうに頭をかいた佐和ヶ丘の学生が、一砂に声をかけてきた。
「あの・・・学校、行かなくていいんすか」
言ってから、学生ははたと口を閉ざした。質問した後で、言葉のチョイスを誤ったらしいと気付いたようだ。
・・・行かなくていいわけないから、こうして制服来て駅に向かって歩いてんでしょうが
なんて強気のことは言えず、あたりさわりのない笑顔で応じる。
「いや、行かないとまずい・・・ですね。そっちこそ大丈夫ですか」
昨日のことがあったから、また微妙な距離感で駅まで歩くのはきついと思い、先にこの学生を歩かせることにした。
・・・お前足長いんだから、先に行けよ
とは言わず、腰を曲げて進行方向を片手で指し示す。あなたとウォーキングで競う気は微塵もありませんという意思表示だ。
「俺はどうせ遅刻なんで、よければ先、歩いてください」
言い終えたところで、いやこいつも遅刻に決まってるよな、と思い当たった。
学生は気まずそうに頬をかき、
「俺も遅刻なんで」
とポツリと言った。
膠着状態は続く。初めての状況に、冷や汗がダラダラと流れ出る。どうすればいいかわからない。
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