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初めて渚と言葉を交わしてから、二週間。
二人は気がつけば、毎朝一緒に登校するようになっていた。
特に待ち合わせているわけではないけれど、なんとなく同じ時間に家を出て、あの十字路に差し掛かると一砂は歩調を緩める。
タイミングよく渚が現れる時もあれば、そのまま十字路を通り過ぎることもあった。
でも立ち止まることはせず、渚がやって来る方を向くこともできず、そわそわした気持ちを隠してまっすぐゆったりと歩く。
すると決まって、一砂を見つけた渚が後ろから声をかけてくる。
「先輩。セーンパーイ」
「んだよ。ちゃんと聞こえてるわ」
振り返るといつも、渚は無気力そうな顔でのそのそと近づいてきた。
「今日やべえ眠いから、コーヒーおごってくれません」
「イヤだよ、ばあか」
一砂が歳上だとわかってから、渚は基本的に敬語だった。他校だし気にしなくていいよと言ったのに、ぜったいに首を縦に振らない。
なんでも、鞍馬南の一年に友達がいるとのことで。
・・・ほんと、見た目とギャップがありすぎ
心地よい距離感。暗黙のうちにできた、ただ並んで歩くだけのルーティーン。取り決めも約束もない、駅までのたった15分間。
そんな曖昧な繋がりだから、堂々と渚を十字路で待つのは、何か違う気がして。
あくまで”たまたま””流れで”そうなっただけみたいにふるまって、互いにこの関係に口に出すことはなかった。
一砂は、カバンの外ポケットに入れていた制汗剤を、渚の首に吹きかける。
「うわっ冷た」
「目ぇ覚めた?」
「・・・なんで、んなもん持ってんすか」
軽蔑しきった目を向けられた。
「一時間目、体育なんだよ。体力測定でシャトルランやんの」
「わーきついっすね。つうか体育って、着替えとかあんのに同じ時間の電車で間に合います?」
「平気だよ。この下ジャージだし」
「うそ、それで?先輩細すぎ」
まん丸の目をした渚に、しみじみ呟かれる。
「ていうか、お前こそ大丈夫かよ」
「何がっすか」
「佐和ヶ丘って、こっから俺の高校行くよりも遠いじゃん。俺でさえぎりぎりで学校ついてんのに、お前遅刻になんないの」
一砂は、そういえばずっと気になっていたことを聞いてみた。渚は遠い目をして、少し皮肉っぽく笑う。
「いいんすよ。むしろ遅刻したいんで」
一砂は心の底からうなずいた。
「やっぱ、見た目通りのチャラさだわ」
「・・・俺の見た目でチャラいって、先輩のチャラさのハードル、低すぎません?」
呆れた声で返される。
「積極的に遅刻したいやつなんて、遅刻して目立っても平気な一軍の奴らだけなんだよ。悪いやつやな」
からかうように言ってやると、渚は気まずそうに肩をすくめた。
「そうじゃないって。・・・ただ、学校が嫌いなだけなんで」
なんの感情もこもっていないような、冷めきった呟き。思いがけず暗いトーンに、一砂は一瞬だけ、言葉を失った。
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