聞こえるはずのない声

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「お疲れ。 楽しんでおいで。」 【デート楽しんでおいで。】 知佳ちゃんの心の声は、いつも口に出す言葉と あまり変わらない。 裏表がない人なんだ。 だから、知佳ちゃんには触られても平気。 「もう、デートじゃないってば。」 「私はデートなんて一言も言ってないわよ。」 「…あっ。」 しまった。 心の声に返事をしちゃった。 たまにこういうことが起こって、その度に 慌てちゃう。 でも知佳ちゃんはニヤリと笑って、特にそれを 気にする様子はなかった。 ヒラヒラと手を振って帰って行く知佳ちゃんを 見送っていたら、パシッと腕を掴まれる。 また体が反応しそうになったけど、その相手が 瀬戸君だったからホッとした。 「行きましょう。」 うんって返事をするより先に、何故か手を 包まれる。 ぎゅっと握られた右手。 その手を握られたまま会社の外まで連れられる。 それがあまりに自然な流れだったから、呆気に とられてしまった。 「ねぇ、瀬戸君。」 「何ですか?」 「何で手繋いでるの?」 そう。 私達は今、手を繋いで歩いてる。 首を傾げて問いかけた私を瀬戸君はふいに 立ち止まって振り向いた。
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