聞こえるはずのない声

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「私が…何?」 「何でもないです。」 その先の言葉が気になって聞き返したのに、瀬戸君はにこりと笑って誤魔化してしまう。 何だか腑に落ちない。 でも、もう怒っている様子はなくて安心する。 むしろ機嫌がよくなったような…? 変わらず繋がれたままの右手。 こうして触れていても、瀬戸君の心の声は聞こえ ないから何を考えているのかなんてさっぱり分からない。 ふいに瀬戸君は私の顔を覗く。 「僕以外の男にそういうこと言ったら駄目 ですよ。」 「そういうことって?」 「喜ばせるようなことです。」 私はまた首を傾げた。 分からない。 今の会話の中で、瀬戸君を喜ばせるようなそんな 言葉はあったんだろうか。 「あと、こうやって簡単に触らせちゃ駄目です。」 ぐっと、繋いでいた右手を持ち上げられた私は 即答する。 「うん。」 駄目って言われたって、そもそも瀬戸君以外の人に 触られることは怖い。 だから手を繋いで歩くなんて、初めてのこと だった。 私の返事を聞いた瀬戸君はふっと柔らかな笑みを 浮かべる。 どこか満足気な。 ───それから目的のお店に着くまで何故か 繋がれた手が離されることはなかった。
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