番外編③ さらばミツハシ part5

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弥生の誕生日は…10月31日。 ハロウィンかつ蠍座の女である。 ミツハシでは60歳の誕生日で定年になるため、有給消化を含めて10月中旬に退社となる。 再雇用の話もあったが断ったため、 結局、役職なしの平社員のまま、ミツハシを去ることになった…。 退社2週間前…。 「ねーねー、前西さん辞めるらしいね」 「あ、経理の魔女?」 「そう、ミツハシの生き証人。仕事大好き人間だったのにね、再雇用しないでこの先どうすんだろー」 「結婚とか?」 「ちょ、杏菜ってばヒドすぎw」 「ありえないっつーの!」 ミツハシガールズが、女子トイレで盛り上がっている一方で、 弥生のマンションでは、健太郎が久しぶりに顔を出して、引っ越しの手伝いをしていた。 健太郎が自分の荷物を段ボールにつめながら、聞く。 「母さんさあ、親父と結婚すんの?」 「……なんで」 「プロポーズされたんでしょ。親父から聞いた」 弥生は飲んでいたお茶を吹き出す。 「……け、健太郎はどうなのよ!」 「自分が都合悪くなると、すぐ話変えるんだから。…2年前からいないよ」 「……へー」 弥生が、お茶を拭きながらそっけなく答える。 「…なんだよもう。調子くるうなぁ。 で、どうすんの?」 「……今さら夫婦っていったって……ねぇ?」 「お互い大好きなくせして」 「…なんでわかるのよ」 「一緒にいるときなんて俺のこと眼中にないだろ。2人でずっとイチャイチャしてるし」 「……」 「俺がどっちかと会うときは、孝太郎さんはどうしてる?弥生は最近どう?ってお互い、付き合ってる相手がいないかずっと探りあいしてただろ。もう…バレバレじゃん」 「……」 「はあ、もういい加減、覚悟決めてよ。いい大人なんだから。素直になりなよ」 「生意気ね!」 弥生は傍らにあったクッションを、健太郎に向かって投げる。 健太郎は避けるように立ち上がり、リビングからキッチンに行ってしまった。 拾いにいったクッションを、弥生は抱き抱える。 「はあ、どうしよう……」 愛媛に移住するのは確定だけど…。 本当に私が…孝太郎さんの妻になれる? 反対されていたのに、「三橋」を名乗っていいのかしら。 三橋のご両親も、天国から反対するんじゃないの…。 仕事ではテキパキして、相手にもバシバシやってきたのに。 自分のことになると、ナヨナヨしてしまう。 結婚へ飛び込む勇気がいまいち持てない…。 「ハアアア…」 深いため息をついて。 気をとりなおして、荷物の整理にとりかかった。 健太郎の段ボールの周りにはまだ荷物が散乱している…。 (まったくもう! 最後まで片付けなさいよ) 「健た…!」と声に出しかけた瞬間、何かが落ちているのが目に入った。 (あれ、白い封筒? 健太郎のかしら。差出人書いてないけど) 確認のため、すでに開封済みだった封筒から、中身を取り出す。 【健太郎さんへ 近況のお手紙ありがとうございます。高校の入学祝いに何をしたらいいかわからず、結局お金にしてしまいました。すみません。 健太郎さんは名前の通り、健やかな青年になって自慢の孫息子だわ。 きっと弥生さんの育て方がいいのよね。 両親と一緒に暮らせないで本当に申し訳ないことをしました。ジイジも、反対した手前引き下がれなくなって本当にバカですよ。2人の仲を引き裂いたことを実は後悔しているんですよ。 いつか3人で暮らせるようになると信じています。 それまで、弥生さんのことをしっかり守ってあげてね。 三橋珠子】 それは…… 孝太郎の母親から、高校生だった健太郎へ向けた手紙だった。 珠子も夫・喜一郎もすでに鬼籍に入ってしまっている。 (珠子さん……こんな風に考えてくださってたんですね。喜一郎さんも……本当は) 弥生の頬に涙が伝わる。 「うっ……うっ……」 あふれでた涙はなかなか止まりそうになく、 リビングに戻ってきた健太郎が驚くほど、 弥生は泣きじゃくった。
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