専務との対面

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朝早く来て、机を拭く。 これは暢子が、リトガー時代から毎日続ける仕事のひとつ。 榎本の机も拭こうと、体を伸ばすと…。 ウィダーインゼリーやスタミナドリンクが転がっていた。 残業はダメ、と他人に言いながら、昨日も夜遅くまで残って仕事していたんだろうな…。 側の机を見ると、「経営」「マネージメント力」「生産管理」「品質管理」「IT」「TOEIC」などの書籍が、積み重なっている。 今はもうそれほど言われなくなったが、 株主総会や主要な取引先会議のときに、 「若いのに大丈夫か?」と榎本を危ぶむ声がちらほら聞こえてきていた。 イケメン、東大卒、語学(英語)万能など、やっかむ材料はたくさんある。 隙あらば足元を掬おうとする輩もいる。 営業の夏目司という、森山の先輩に当たる男が、自身も帰国子女というだけあって、何かと榎本に張り合ってくる。 会議でもわざと恥をかかせるようなイヤミったらしいことをいっていた。 見ていてハラハラするが、相手にしないのが榎本流。ニコニコ笑いながらスルーするのだ。 そして陰では人一倍努力する。 誰かがTOEICで920点とった、と聞けば、 それ以上とるべく勉強をする。 負けず嫌いなのだろう。 ガチャガチャと専務室のドアが回される。 下を向きながら、榎本が入ってくる。 「おはようございます」 「…おはよう」 心なしか元気のない様子だ。 (どうしたんだろう…) もう少し気安い関係であれば、「どうしたんですかぁ?専務~」と聞けるかもしれないが、 あいにく暢子はそんなキャラではないし、年下であっても上司ということで、言葉遣いや態度に特に気を使っている。 気になりつつも、暢子は来月の予定をパソコンに入力していた。 「安斎さん、来週の予定は?」 「来週月曜日は、朝10時から、生産管理部とのミーティングが入っています」 「……そう」 ガクッとうなだれる。 やっぱりなんかおかしい! 暢子は立ち上がり、榎本の机に近づく。 「なに?」 嫌そうに暢子を見上げる榎本。 「ちょっと失礼します」 暢子は榎本のおでこに手を当てた。 燃えるように熱い。 「熱が…あります」 榎本がいらついたように、暢子の手を払いのける。 「だからなんだってんだよ。熱があるくらいでガタガタ言うなよ」 「休んでください」 「午後は新開発製品の発表があるんだ。休んでられっか」 潤んだ瞳で暢子を睨みつける。 睨みつけられたって、嫌われたって、 専務の身体が第一だもの。 「お、おいっ」 暢子は榎本の腕をひっぱって立たせると、 ソファーに押し倒した。 驚くほど力がなく、すべては暢子のなすがままだ。 「寝てください」 「……なんだよ、なんでそんなに力強いんだよ…」 榎本が両腕で顔を覆い隠す。 昔から雑用で重いものを運ばされてきたからか、暢子は一般の女性よりは力が強い自負がある。
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