専務との対面

5/8
前へ
/145ページ
次へ
弱った様子の榎本は、 いつもの完璧さがなく、隙だらけだ。 でもこれが本当の榎本専務の素顔なんだと思う。 私といるときくらいは素顔でいいし、 なんなら弱音だって吐いてほしい。 だって私は専務の秘書だから。 「ふざけるな。あとで復讐してやる」 うわ言をブツブツと言い続ける榎本。 ワックスで整えてきた前髪が崩れ、少し幼い。 顔を覆っていた榎本の両腕を、暢子は優しく取り外した。 榎本がじっ…と暢子を見る。 普段は切れ長の二重瞼が、あつぼったい三重瞼になっている。 (本当に調子が悪そうだな…) 「寝てください」 「やだ」 (やだって…子どもみたい…) 暢子は心のなかで苦笑する。 「30分だけでもいいですから」 「……」 「少し寝るだけでも、全然違いますよ」 暢子は着ていたジャケットを脱いで、榎本の上にかけた。 「いらない。余計なことするな」 暢子のジャケットを払って、 起き上がろうとする榎本。 それを止めようとした暢子だったが…。 落ちたジャケットに足をとられ、 榎本の上に覆いかぶさった。 「きゃっ」 「うっ」 「……イタ」 顔を上げると、すぐ側に榎本の顔がある。 一瞬何が起きたかわからず、まじまじと顔を見つめてしまう。 「どいて」 低く不機嫌な声で、榎本が言う。 「あああ…ごめんなさい」 慌てて、立ち上がる暢子。 「寝るから向こういってよ」 榎本が反対方向に寝返りをうつ。 ジャケットを再び掛けようとしたが、 嫌がっていたから迷惑だと思い、パタパタとはたいて自分で着た。 救護室に毛布があったことを思い出す。 そのまま専務室を出る。 初めてだった。 異性の身体にあんなに密着するのは。 細身に見えて、案外筋肉質だった。 少し意外だ…。 専務に声をかけられなかったら、私はあのまま抱きついたままでもいいと思ってたかもしれない。 …な、なんていやらしい人間なんだろう。 専務をそんな目で見るなんて。 暢子は、歩きながら首をブンブンふる。 ふと榎本には彼女がいるのだろうか、と思った。 仕事人間に見えるが、すでにいるのかもしれない。 森山と梨花が同棲していることにも気づかないくらい、恋愛には疎い私だもの。 いたっておかしくないよね。気づいてないだけかもしれないよね。 足を止めて、もと来た専務室を振り返る。 熱が出ているし寝たらさっきのことなんか忘れてるよね。 まだ、榎本のぬくもりが残っているような気がする。 暢子はわざと自分の前をパタパタはたいて、救護室のカギがある総務部に向かった。
/145ページ

最初のコメントを投稿しよう!

497人が本棚に入れています
本棚に追加