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「ハァ…」
職場で深いため息をつく弥生に
華絵が「どうしたの?」と聞く。
「勘当されちゃったわ。アハハ…」
「いやいや、笑いごとじゃないよ!」
「勇二くんはもう新しい家庭があるだろう!未婚で産むなんて許さない!って」
前を見ると、黙って聞いていた朝原がぴくっと動いた。
そして、弥生の方を眺めてから、そうっ…と部屋を出ていった。
「…協力ありがとう、華ちゃん」
小さな声で、弥生がつぶやく。
「…これで良かった?」
「…とりあえずは……」
確固たる証拠がないうちは、これで勇二が子どもの父親だと思ってくれるはずだ。
「……勘当されたのは本当だけど」
華絵が驚いて、弥生を見た。
「父にもう帰ってくるな!って。母親も泣いてるばかりで、話さえ聞いてくれなかったわ」
未婚で産む、ということを甘く見すぎていたかもしれない。
もっと相談にのってくれたり、協力してくれたりするものだと思っていた。
「普通」だったらきっとそうだったはず。
自分のことばかりで、両親の心痛を思いやるのを考えなかった自分が悪い。
あてこんでいた味方がいなくなった分、これからの苦労…が一気に計り知れないものとなり不安が募る。
「…勇二さんには言ったん?」
「…うん。父親として演技してほしいけれど、あなたの子じゃないよってハッキリ言った。そしたら絶句して、電話切られたわ」
さすがの弥生も、勇二の子どもだとは嘘をつきたくなかった。
無事産まれるまでなんとか「父親」役をお願いできないか、口裏合わせをしてほしい、と。
無理を承知で言ったまでだ。
確かに元カノの子ども…しかも自分の子どもじゃない…なんて。
良い気分にはならない。
「……いろいろマズった……ああ、もう、作戦失敗かも」
そろそろ妊娠7か月…。
朝原と二人きりにはならないように、注意を払っている。
それに華絵との雑談でも、こうして勇二の話題を出すなどして、ミスリードしているつもりだが……。
「いっそのこと、三橋さん本人に言ってみたら…」
華絵がおそるおそる言う。
「それだけは華ちゃん…。ごめん、できない」
三橋がどんな態度をとるか、怖くて仕方がない。
しかもいま日本にはいないと聞いている以上、手をわずらわせたくない。
「ほうか…」
華絵も悲しそうにうつむいた。
そして…。
このまま状況は動かず…と思われたとき。
突然勇二から電話があった。
『俺が父親になる。ただし、条件がある。
それは俺と「復縁」をすること』
勇二の言い方だと、マミちゃんとは婚姻関係は結んだまま。
つまり、弥生に愛人になれ、ということだった。
なんて自分勝手な…。
でも私だって…周りを振り回している。
自分勝手なのは私もだ…。
「…わかった」 弥生は神妙に言った。
「じゃあ、来月会おう」
「しばらくはそっちには行けないよ」
「じゃあ産んでからにしよう。俺、ちゃんと父親代わりになるからさ。ちなみに本当の相手は誰…?」
「言えない」
「……どうせ俺にフラれてヤケになって適当な男と寝たんだろ。本当に悪かったよ」
「……」
(全然違う…!)
でも今は話を合わせないと、拗ねられたら困る。
「ありがとう、よろしくね」
電話を切ってから、弥生は大きなため息をついた。
出産したら仕事を辞めて、どこか遠い場所に行くしかない…。
勇二との復縁なんか…考えたくもなかった。
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松山のビジネスホテルで。
「この人なら見たことあります。405号室のお客さん呼び出してって言われました」
意気揚々と話すのは、弥生が(敬語がチャンポンで新人?)とひそかに思っていたフロントのお姉さんだった。個人情報もなんのそので、得意気に話し続ける。
女性が指し示すのは社内報の三橋。
「2人はその後?」
「それは知りません。でもこの人…スイートルームを…直前でとった気が」
そのときになって、フロントのお姉さんは(しゃべりすぎた!)と、ハッと口をつぐむ。
「だったら調べてよ」
そして朝原が一万円札を、お姉さんの手に握らせる。
「あの夜の2人の動向を…」
朝原がニヤリと笑った。
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