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妊娠8か月。
もうさすがにお腹は目立ち、動くのも一苦労だ。
赤ちゃんも(ここにいるよ~!)と存在を主張してくる。
「いてっ! いてっ!」
「蹴られてるん?」
華絵が笑いながら聞いた。
「うん…元気いっぱい。出てきたら覚えてなさいよ」
弥生が自分のお腹をこつく真似をする。
「……なあ、弥生ちゃん。触ってええ?」
「ええよ!」
華絵の真似をして弥生が答える。
華絵が笑って、優しく弥生の腹をなでた。
「…パンパンやね。…どんな男の子なんだろうな」
「…父親似だといいけどね。頭いいし、イケメン…の部類だし」
「ほんならなぁ、私にもし娘が産まれたら、娘の彼氏になってほしいわぁ」
「ええよ!」
2人で笑っていたところ、来客を知らせるベルが鳴り、華絵が席を立った。
その間に、営業所周りの雑草を抜いていた朝原がやってきた。
「……前西さん、除草剤ってどこでしたっけ?」
「倉庫入って左側の棚です」
「持ってきてもらえません? ちょっといま自分手がはなせなくて」
朝原の全身を見ると泥だらけで、このまま所内に入ると壁や床が汚れてしまいそうなレベルだった。
「……はい」
よっこらせ…と立ち上がり、倉庫に行く弥生を、朝原がニヤリと笑って見ていた。
倉庫では、弥生が「除草剤、除草剤…」と探す。
倉庫はホコリっぽいので、念のためマスクをしていた。
「あった!」
除草剤は棚の一番上で発見する。
(あれ…なんかおかしい、前に整理したときは…一番下にしまったはずなのに)
そしてここにきて、赤ちゃんがお腹の中で暴れに暴れている。
(…まさかと思うけど…)
近くにあったハシゴをよく見る。
…とネジが外してあった。
金属製の古い棚も、ギシギシ鳴っている。
(ハシゴに登って棚に手をかけたら、ハシゴは壊れて棚も倒れてくる…ってことか)
あ、待って。
上段の除草剤を、目をこらしてよく見ると。
蓋がかすかに開いていた。
(そして最後の仕上げに除草剤が降ってくるのね。……手のこんだことしてくれるじゃない…)
「健太郎、サンキューね」
ひそかに名付けている我が子にお礼を言う。
危機管理力サイコーじゃない、この子。
(さて、どうしてやろう…)
そうこうしているうちに、カチャリと倉庫の鍵が締められた。
(あーしまった…さらに最後の仕上げに、発見を遅らされるパターンね……万事休すだわ)
弥生はずるずるとその場に座り込んだ。
勇二=父親説は…無理があり…。
どうやら簡単に見破られてしまったようだ。
朝原のバックにいるのは、伊田と真実子だろう…と見当がついている。
だからといって、弥生は太刀打ちできない。
ましてや身重で身動きがとれない。
仕返ししてやりたいし悔しいのだが…。
(こうなったら最後の手段…)
弥生は前前から考えていたことを実行することにした。
倉庫の鍵が壊れた&紛失した騒ぎで、1時間後に弥生が助け出された。
そこには、無傷だった弥生を不思議そうに見つめる朝原の姿があった。
泣きながら弥生にすがる華絵の傍らで、長田所長が弥生を見て、コクンとうなずく。
弥生もうなずき返す。
その翌日から弥生は…姿を消した。
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