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「ううぅ……」
当初は(ちょっと痛い)だった程度だったのに、次第に激痛となり断続的に襲ってくるようになった。
「いたい~いたい~」
「がんばるんぞね!! 弥生ちゃん!!」
弥生がヤオイに聞こえる。
ヤオイって…
と頭の中でどうでもいいことを反芻する。
これまでの人生で味わったことのない痛みに意識が薄らぐ。
どれくらい経ったのだろうか…。
「このまま分娩室に…」と言う声を聞いて、
(やっと産める…)と思ったのは覚えている。
とにかく健太郎を無事に産むのだ。
そのことだけに集中しよう。
分娩室にストレッチャーで向かうさなか、
弓子さんが叫んだ。
「お母さん、来てくださったよ」
「弥生ー!」
久しぶりに会う母が涙目で駆けつけてきた。
「頑張ったね」
と弥生の左手をとって、ほおずりする。
(…まだ産んでないんだけど)
と心でツッコミながら、ニヤリと笑う。
「弥生の旦那さんと一緒に来たんだよ」
は? 旦那さん?
(…勇二のこと? だったら勇二くんというはずだよね。…誰? まさか?)
声に出して聞きたいところだが、痛すぎて声が出せないし、
母の背後にいると思われるその「旦那」とやらを起き上がって見たいところだが、いまは腹筋が機能していない。
(旦那とやらよ…せめて声を出して…。
誰なのよー)
そうこうしているうちに、ガラガラと運ばれて分娩室に入ってしまった。
そこからはもう…踏ん張って踏ん張って踏ん張って…。
涙、鼻水を出して、荒い息、ときには雄叫びをあげて、健太郎を産み落とす。
オギャアアギャア!!
元気な赤ちゃんの声を傍で聞く。
安堵感で心が満たされた。
(ああー無事に産めて良かった…。
本当に猿みたいだわね、新生児って)
「健太郎、よろしくね」
看護師に抱かれる赤ちゃんに、ヨロヨロと手を伸ばす。
体力はすでになく、そうつぶやくのが精一杯だった。
疲れきっていて、もう目を開けていられない。
ストレッチャーでどこかに運ばれていくのを感じる。
「頑張ったね」
母の涙声が聞こえる。
そうそう、今度こそ頑張ったよ。
「弥生、ありがとう」
うんうん、産みましたよ、あなたの子を。
片目を開けると、
上から三橋が覗き込んで、お礼を言っているのがぼんやりと見えた。
(なんて良い夢なのかしら…)
弥生は幸せに包まれて、そのまま眠りに落ちていった。
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