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弓子さんの親戚の離れに移ってから、2週間ほど経った頃…。
長田所長と華絵がやってきた。
弥生とはようやく再会…そして健太郎ははじめましてのお披露目となった。
「かわええなぁ、なんなのこの手。ちっちゃあ!」
華絵は抱っこしながら歓喜の声をあげた。
「やっぱりイケメンやーん。
弥生ちゃん、こないだの約束守ってな」
「?」
「私も…出来たみたいなの。まだ弓子さんの診察うけてないんだけどな」
「え、やったやった! もちろんよ。女の子が産まれたらってやつでしょ。良かったね、健太郎! 彼女できたよ」
健太郎のほっぺたをつつくと、「ふにゃ」と声をあげて手足を動かした。
長田所長が呆れてため息をつく。
「なーに言ってんだか。まだ性別もわかってないのに。気が早いよぉ」
そういいながらもどことなく嬉しそうだ。
「華絵、弓子に早く診てもらえよ」
「はいぃ」
弥生はずっと言いたかったことを告げる。
「長田所長、いろいろありがとうございました。朝原から守ってくださり、感謝してます。保育園見つかったらすぐ仕事復帰しますので」
「あ、それなぁ。前ちゃん…東京に戻る気あるか?」
「え…」
「いま東京本社の経理課で1人欠員が出てるそうだ。前ちゃんさえ良かったら、自分から推薦状書くよ」
「…いいです。いらないです。私はここで子育てしたいです」
「でも、子どものこと隠しとおしてフルタイムで働くつもりなんやろ。だったら実家が近いほうが何かと都合がええと思うんよ。我々としては寂しいけどな…」
部屋の外で話を聞いていた弥生の母親が、控えめに口をはさんだ。
「帰っておいで。私たちが健ちゃんをみるから。奈々ちゃんもいるし、1人も2人も変わらないよ」
「……」
華絵も目尻に光るものを溜めながら、
「そうしたらいいよ。でもときどきは、こっち来てな……育児のこととか話聞いてほしい」
そう言って袖口で涙をふいた。
弥生は華絵を抱き締める。
「……うん」
長田所長は、三橋とのことも考えてくれたにちがいない。
東京にいる方が会いやすくなるだろう…と。
絶対絶対いつか恩返ししよう。
弥生は決意を心に刻みこんだ。
その頃…。
三橋は真実子に別れを切り出していた。
「絶対別れない! 離婚してバツイチになるくらいなら私死ぬ!!」
包丁を取り出して「本当よ、私死ぬからね!」
と脅しをかける。
何を言っても無駄なことはわかった。
それ以来、別れ話を切り出すことは難しくなった。
「…私、孝太郎さんから一生離れないわ」
真実子は三橋にしがみついた。
三橋にも、真実子に対する情が多少はあったのだと思う。何が何でも離婚、ではなく、相手がその気になるまで、という、ときぐすり方式をとることになった。
それに真実子は恋愛体質だからきっとそのうち…という三橋の目論見はあたり、ある日突然「好きな人ができたから離婚してもいいわ」といって、こちらが拍子抜けするくらい簡単に離婚してしまった。
健太郎が3歳で、ときどき前西家にくる男の人が「パパ?」と認識できるようになってきた頃だった。
「籍を入れて、3人で住もう」
三橋が実行に移そうとしたとき。
また第2の問題が起きた。
三橋家からの猛反対だ。
三橋会長(孝太郎の父親)が、弥生とその子どもを認めない!とつっぱねたのだ。
「どこの馬ともわからない女に、しかも不倫をしていた女なんかと結婚はするな!」
そして…真実子を可愛がって信じきっていたゆえに…
「どうやら子どもも違う男の種からできたらしいな、汚らわしい女だ。二度と顔を見せるな!」と弥生親子は追放されてしまった。
「孝太郎、再婚しろ!」
当てつけのように良家の女性をあてがったが、三橋は無視をし続けた。
籍を入れられず、事実婚状態になってしまったが、弥生はそれでも幸せだった。
このまま平穏無事に…のはずだったが…。
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