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事実婚ながらも、ようやく生活が安定した頃…。
「ロス支社の立ち上げに2、3年行く」
「今度はロンドン支社に…」
転勤につぐ転勤で、三橋は不在になることが多くなった。
一緒に住んだ時期はほとんどなかった、といっていい。
ミツハシの社長から会長となり、自由に動けるようになったのもあり、孝太郎は海外支社に引っ張り出されるようになった。
穏やかな人柄と、器の大きさ、そして何よりも俳優顔負けのカッコ良さで、海外の人々をも虜にして、三橋は世界のミツハシに駆け上がっていく。
天賦の才能と運に恵まれた三橋孝太郎は、こうなるべき人間だったともいえる。
それをいいことに、日本では伊田が暗躍をし始めていた。
何十年も勤めて仕事もそこそこできる弥生が、いつまで経っても役職がつかないのも、伊田が裏で手を回していたに違いない。
弥生の妊娠も、どうやら勇二の子どもとして、伊田のなかで処理されたらしい。
まさか三橋の子どもを育てているとは、信じたくないし思わなかったのだろう。
もしわかっていたら、本来は会長婦人である弥生の待遇も良かったはずだ。
それでも、弥生は隠しとおすことに決めていた。
健太郎に危害が及ばないよう、そして普通の環境で過ごして欲しかったのだ。
健太郎は、弥生と、弥生の家族が育てたようなものだった。
従姉の奈々と、姉弟に間違われるほどに。
三橋は日本に帰ってくると、必ず弥生たち親子に会いにきてくれた。
そのため健太郎も、三橋を父として慕っていた。たまに会えないのも、幼いながら何か感づいていたのだろう。弥生の手を煩わせることのない子どもだった。
しかしそのうち三橋に、ジョアンナという女の影が見え隠れするようになる。
ロス支社立ち上げ時の現地スタッフらしい。
一緒に暮らしているという噂も、同じ会社にいれば伝わってくる…。
「あ、前西さんはこういう話、興味ないですよね…すみません」
「……」
無言でにらみつける弥生に、
女子社員が「すみません」と言って逃げ去っていく。
どうやら弥生を妙齢独身未婚だと思っているらしく(まあ、戸籍上はそうなんだけど…)
男女関係の色恋沙汰話題を振ってはいけなかった…!と後悔させてしまったらしい。
弥生はショックで話ができなかっただけなのだが…。
そう、いつか三橋はこうなる、と思っていた。
私だけの孝太郎さんじゃないし…。
健太郎は三橋家に認知されておらず、弥生の私生児だ。
事実婚だから、三橋孝太郎が新しい家族を作っても何も問題はないのよ…。
半分諦めていたが、三橋は健太郎以外に子どもを作ることはなく、ジョアンナの仲も数年で終わった、と聞いた。
これは、日本に帰ってきた三橋本人から。
ジョアンナはいわゆる、アメリカ版真実子で、押せ押せな自信家な女性だったらしい。
断りきれず、またもや同じ轍を踏んでしまったという。
三橋孝太郎に唯一欠点があるとすれば、女運の悪さ…に違いない。
「ま、いい機会だから、このままで別居でいましょう。色んな人の目があるし、今さら一緒に住めないでしょう」と事実婚を解消したのが…10年前。
この間に、健太郎が東大に入り、やっと三橋家から認められて「三橋健太郎」になったりした。
孝太郎とは今も月に1回のペースで会う。
お互いに情報共有し、そして一緒に夜を過ごすこともある…。
恋人といってもいいかもしれない。
前西弥生は、不思議な形で、ミツハシ会長の三橋孝太郎と関係を持ち続けていた。
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