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想いはまったく一緒だった。
弥生だって、三橋と出会い支えてもらったから…ここまで働くことができた。
何より、健太郎という愛おしい息子まで…授かることができた。
シングルマザーで、表立って三橋とは夫婦とはいえず、家族にはなれなかったけど…。
それでもあの夜、三橋にすべてを捧げたことはまったく後悔していないのだ。
「家族になれる? 今からでも」
「なれるさ」
「…無理だと思うわ。一緒に暮らしたこと、ほとんどないし」
「……暮らしてみないとわからないだろう」
気がつくと、三橋が弥生の背後にまわっていた。
「はめてみて」
指輪を弥生の薬指に、そっと入れる。
「…ぴったりだ。よかった」
「よくサイズがわかったわね」
「そりゃそうだよ。何十年の付き合いなんだから」
「…とんだ腐れ縁ね」
「腐っててもなんでもいいさ。弥生とつながっていれば」
「…返事は今度、でいいかしら?」
「……いいよ」
「指輪もとりあえず外しておくわ。
汚すと悪いもの」
「……」
指輪を箱に戻すと、
「ありがとう…」と弥生がつぶやく。
ほんの一瞬、声が震えた。
嬉しいという感情が…出てしまった。
それに気づいたのか気づいてないのか、三橋は弥生の顎をあげて、おでこに軽くキスをする。
「…泊まっていくだろう?」
「……帰るわよ」
「…帰さないよ」
脇の下に両手を差し込んで、立ち上がらせる。
そしてソファー越しでキスをし始めた。
「……気持ち悪くないの? こんなおばさんとなんて。若い子のほうが、んっ」
舌を深く差し込まれ、絡みあう。
もう何も言うまいと思う。
弥生もそろそろ素直になりたかったのだ…。
実際のところ、三橋との情交は好きだ。
本当に…この先も関係を続けていける…?
ずっと何年も悩んでいたことが、三橋の甘い言葉で解消されるとは、さすがに思わなかった。
でも、この熱いキスと抱擁ですべてが溶けていくような気がする。
今夜はもう、このまま…身をまかせよう。
朝になって、
隣で寝ている弥生に、三橋がささやく。
「必ず迎えにいくから」
弥生も自分と同じ気持ちであることは、昨晩で確証を得た。
定年退職したら…第二の人生を弥生に捧げよう。愛媛に家を買ってもいい。
そうだ、本人に言わなかったけど…。
弥生が現れてから、仕事がトントン拍子で順調になった。
あなたは幸運の女神なんだ。
自分にも、ミツハシにとっても。
そして健太郎…。
唯一無二の息子がいるということ。
どんなに幸せか、あなたはわからないだろう。
シャイな弥生のことだから、憎まれ口を叩くに違いない。
だが、わかってもらえるだろう。
弥生じゃなきゃ、ダメだということ。
後ろから寝ている弥生を抱え込む。
左手を触ると、薬指に指輪の触感があった。
(あのとき外したはずなのに?)
その意味がわかって三橋は笑顔になる。
そしてふたたび微睡みはじめる。
今日は土曜日…。久しぶりに「夫婦」水入らずでゆっくり過ごすつもりだ。
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