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秘書室の打ち合わせスペースには、すでに5人の秘書たちが集まっていた。
あとは、室長である梶山太郎が来るだけだ。
梨花の両隣が空いている。
遠目から見ると、梨花は少し雰囲気が変わったな、と思う。
胸を強調するようなブラウスに、タイトで短いスカート。
細い金のブレスレットが、しなやかに手首に巻かれている。
ふっと暢子を見たときの流し目が、妙に色っぽかった。
「梨花、ここ空いてる?」
梨花は返事代わりに少し端に寄る。
頭を下げながら、座った。
「暢子、久しぶり。専務室にずっとこもりっきりだもんね」
「仕事がなかなか終わらなくて…」
「やっぱり、榎本さんスパルタなんだ。噂には聞いてるけど」
「……いや、私が仕事遅いだけでスパルタっていうか、うん。でも、スパルタか…」
「正直だね」と、梨花が楽しそうに笑う。
(なんだ良かった。前と変わってない)
「あのルックスだから、社内でアプローチしてる子、かなり多いみたいよ。でも仕事人間で全然寄せ付けない。こんなことしてないで仕事しろよ!って怒鳴られた子もいるって。笑うよね」
(それ、少し前の私のことなんだけど……)
冷や汗をかきながら「ハハハ」と苦笑する。
でも、やっぱりそういう人なんだと思い、少しホッとした。
「暢子には違うの?」
「え?」
「甘えたりしてこない?」
「い、いや! 全然!」
熱でもうろうとなり「やだ」と言っていた榎本の姿が頭に浮かんだが、あれは甘えではないだろう…。うん…。
「そうだよねー。アイツ、平成飛び越えて昭和の人間じゃない? 言うことなすこと古くさい」
詳しいな、と思う。
そんなに仲がよいのかな……。
チクッと、少し胸が痛んだ。
「ま、暢子なら大丈夫か」
梨花は口角を上げて、嬉しそうに笑う。
そして小声で「安全パイだもんね」と呟いた。
……安全パイ?
「榎本専務には暢子じゃなきゃダメってこと」
誉め言葉のようでいて…なんとなく、裏のありそうな物言いだった。
(何が言いたいんだろう…)
「ごめんごめん、遅くなった」
小太りの梶山が秘書室に入ってきて、
ようやくミーティングがスタートする。
社内行程の照らし合わせ、現在進行中の稟議書、起案書の話をする。
当初は慣れなかったが、半年たって暢子も少しずつ意見を交換できるようになっていた。
そして最後に梶山が「これは内示なんだが」と、社長秘書だった野村さんの退職、梨花がその社長秘書を引き継ぐことを告げた。
(すごいなぁ、梨花、やったね!)
と傍らを見ると、梨花が眼光鋭く野村さんを見つめている。
野村さんも負けじと梨花を見ていて。
2人は睨み合ってるんだ…とようやく気がついた。
何かあったのかな、と思いつつ、
早く仕事に戻らなくちゃ、と暢子は専務室に小走りで向かう。
渡り廊下に差し掛かったとき…。
野村さんが立って暢子を待っていた。
「最後に忠告するわね。本多梨花には気をつけてね」
野村さんはそう言って笑って、暢子のそばをすり抜けていった。
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