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暢子の会社は、「リトルガーデン」といって、当初はこじんまりとした雑貨メーカーだった。
しかし2年前に大手財閥系商社「ミツハシ」の傘下になると、さらに規模が広がり、アパレルや産業用資材など幅広く手掛けるようになった。
「ミツハシ」は、東証一部上場もしているし、テレビコマーシャルでもガンガン流れる大企業である。
暢子は7年目、短大卒なので現在27歳になる。
ミツハシに統合されてからも、一般事務の扱いで、電話受信とデータ入力、そしてときどきお茶汲みなどの雑用が主な仕事である。
もとからいるミツハシ社員がテキトーに要領よく仕事をこなす中、暢子は1人泥臭く、真面目にやっていた。
「安斎さん、これも頼める?」
「は、はい」
「私もいいかなぁ?」
「はい」
「「ありがとうー。安斎さんって本当に助かるー」」
コピーや、他の部署にいくときは、必ず用事を頼まれ…。
持ち回りといわれていたあらゆる当番がいつしかすべて暢子の担当になっていた。
ミツハシの女子社員たちは、すべてが洗練されている。顔よし、スタイルよし、でモデルのような美女ばかり。
頭だって良い、名だたる大学の出身が多い。
これといった特徴もない、平凡を絵に書いたような暢子は気後れしてしまう。
2年前までは都下の工場で電話番をしていたのに、まさか自分も東京丸の内で働くことになるなんて。暢子はいまだに慣れることができない。
天下の「ミツハシ」社員になったとはいえ、
「リトルガーデン」は買収された側なので、立場は…下である。
外線が鳴っているのに、
ミツハシガールは会話に夢中で、「キャハハハ…」と笑うばかりで取ってくれない。
仕方なしに電話に出ると、その用件で他部署に確認するといった時間に追われ、暢子受け持ちの入力業務が間に合わなくなる。
定時になると、ミツハシガールは「お疲れ様でーすっ」とスキップしそうな勢いで帰っていく。
業務中、机下でコソコソやっていたマニュキアの爪のラメを輝かせながら。
またサビ残か…とため息もつきたいところだが、自分の仕事なんだからちゃんと終わらせなきゃいけない、という責任がある。
(まあ私の場合、待っている人(彼)がいない、っていうのもあるんだけれどね)
心の中でひそかに自虐する。
フロア中の社員たちを見送った後、パソコンをひたすら叩く。
定時後なので電話も鳴らないし、けたたましい笑い声も聞こえないので、オフィスで1人というのもなかなか集中できる。
(いつもこんな感じならいいのに)
フッとため息をついた。
「あら、まだいたの?」
部屋に入ってきたのは、経理課のお局様こと前西弥生だった。
突然のことで、暢子は驚いて息をのんだ。
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