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まさか…森山の名前が出るなんて。
パソコンのキーボードで「も」を打とうとしたとき、さっきの会話がよみがえった。
森山は、ミツハシの営業部に所属している。現在は主任となり、営業チームをまとめあげているリーダーだ。
ずっとラグビーをやってきた、というだけあって体格はよく、性格も朗らかで温和なタイプ。暢子が知る限りではあるが、森山を嫌いな人はいないんじゃないかと思う。
昔から変わらないよね、森山知己くんは。
そう、森山は暢子の中学のときのクラスメイトでもあった。
2年前、丸の内で働くようになって、
(あれ? 見たことあるな)
で暢子にしては珍しく、エレベーターで一緒になったときに声をかけてみた。
ふぅ…と一息ついて緊張をといてから、
「あ、あの!」と呼び掛けた。
階数ボタンを押していた森山が振り返る。
「もしかして…山内第二中学にいませんでした? ひ、ひ…人違いだったらすみませんけど!」
森山はくりっとした二重まぶたを大きく開けて「見たことあるかも…?」とつぶやく。
「安斎、です。安斎ようこです」
「あ!」
森山は暢子を指さしてから、
「いつも放課後、金魚の水槽の掃除とかしてた?」
「はい…(飼育当番じゃなかったけど)」
「うわぁ、あの安斎かぁ!! 超なつかしー! え、まじでまじで? いま何課にいるの?」
「総務部です。もともとリトルガーデンの総務係で働いていて」
「リトガーね! 合併したとこだ!」
森山はニッコリと笑う。
買収とは言わず、合併というところに、森山の優しさを感じる。
「今日お昼空いてる? 一緒に食べようよ」
「あ…同期と食べる約束して」
「いいよ、じゃあ俺も後輩連れていくから、みんなで食べようよ」
「…はい」
それ以降は顔がにやけて仕方がなかったのを覚えている。
森山は初恋の人でもあった。
まさかの再会だなんて。
胸がときめいた。
そのあとの会話で、学生時代からの彼女がいることを知り、ショックは受けたものの…。
森山のことは、ずっと好きだったのだ。
今でも。
ひそかに。
でもこの想いは、胸にしまっていかないと。
気を取り直して、打ち込みを始める。
「も」のあとに「森山」と打って、しばらくしてから「暢子」と書き添えた。
「森山暢子」
鼻の奥がツンとなり、慌てて消した。
(バカみたい、私)
森山は、私の親友の彼氏になった、というのに。
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