これってサービス精神ですか?

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その翌日…。 「安斎さん、書類の番号違ってたよー」 ミツハシガールの中心メンバー、小林杏菜が困った顔で暢子に書類を押し付ける。 「大事な会議の資料だから、もう少し気を使ってほしいな」 杏菜の言葉から、暢子がミスをして悪いように聞こえるが、 もともとは杏菜が先週の会議の議事録をとりわすれていた、ということで、暢子が代わって作った資料だった。 しかも、番号も間違っていない。 綴じる際に、ページを前後にしたのは杏菜である。 杉浦課長が大きく咳払いをする。 「安斎くん、気をつけるように」 「……はい…」 仕事を辞めたくなるのはこんな時だった。 ミツハシ社員は、リトガー出身である自分にミスをなすりつける。 しかもわかってる上で。 イジメと変わりないではないか。 電話もとらず、キャッキャッと騒ぐのも黙認されている。 杉浦課長は、女子社員に嫌われるのが怖く、ほとんど注意しないのだ。 グッと涙がこみ上げて泣きそうになる。 当たり前のことだが、悔しいときが、暢子にもある。 気持ちが下向きになり、その場から立ってトイレへと向かった。気分転換をするために。 個室のトイレで、涙を拭いてひと息ついていると、入ってきた女性たちの会話が聞こえてきた。 ファンデーション容器を閉じるパチンという音が聞こえるので、どうやら化粧をしながら会話をしているらしい。 「ね、ね、さっき広報課の女の子から聞いたんだけど、うちに凄腕の専務が来るらしーよ」 「いつ?」 「来月とか、って言ってたかな」 「誰かの息子?」 「さあ? 東大出たエリートって聞いた。イギリス留学もしてて英語ペラペラなんだって」 「へー。それで顔も良ければ最高じゃない?」 「そんな男いたら、奇跡だね!」 「彼氏捨てて、ソッコー乗り換えるわ」 「あははは」 女子たちは、笑いながら出ていった。 新しい専務が来るのか…。 暢子は、秘書室で異動があるのかな、とふと思った。 秘書室には、暢子のリトガー時代からの同期、本多梨花がいる。 暢子と同じくオンナの職場で苦労しているらしい。 会長つき、とか、社長つき、とかになれば、働き方が少しは違って楽なのかもしれない。 専務には秘書がつくのかな、そうしたら梨花がなるのかも…だね。 「暢子、聞いて聞いてー」と、話しにくるのだろうな。 森山と付き合うといったときみたいに。 ………。 うん、気をとりなおして頑張るか。 暢子はほっぺたを両手で叩いて、気合いを入れて、トイレをあとにした。
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