これってサービス精神ですか?

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…何が起こってるのだろう。 会議室に張り出された白い紙には、暢子の名前が載っていた。 「安斎暢子 現・総務部→新・社長室秘書課」 異動の辞令だった。 あ、梨花と同じ。 と働かない頭で考えたあと、 下に目をやると、 「4月1日入社専務取締役 榎本龍大の専任秘書に命じる。」 の文言が目に入った。 え、私が? 嘘でしょ…… 衝撃で思わずポカンと口が開いた。 「間違いじゃない?」 いつの間にか隣に小林杏菜が来ていた。 普段は絶対見せない優しい顔で、暢子に微笑みかけていた。 「絶対変だよね。安斎さん、なんで私なの?って人事に聞いてみたら?」 甘い、それでいてスパイシーな香水の匂いが暢子の周りを取り巻いた。 杏菜の毎朝丁寧に巻いてくる茶髪を、至近距離で見たのはこれが初めてだった。 「……ですね」 「そうそう!こんなのおかしい!って人事に掛け合ってみなよ」 必死な形相で杏菜に詰め寄られる。 「スゴいな、安斎。秘書課だって?」 森山が杏菜の後ろに立っている。 杏菜は表情を変えて、振り返ってにこっと愛想を振りまく。 森山もまんざらじゃなさそうな顔で、笑っている。 「ねー。スゴいですよねー」 杏菜が媚びるように森山に同調する。 「安斎、秘書検定持ってたっけ?」 「……ううん」 家政科出身の秘書検定1級持ちの梨花とは違う。 秘書なんて仕事は今までやったことがない。 どんな仕事をするかも想像できない。 杏菜の言う通り、こんなのはおかしいのだ。 しかも凄腕専務の秘書? こんな特徴もない私に、何のメリットがあるのだろう。 しかも秘書なんていうのは、 才色兼備な優秀な人がやる仕事じゃないの。 じわじわと恐れが襲ってきた。 血の気がひいてその場に立ち尽くす暢子を見て、杏菜が口角を上げた。 「言っちゃ悪いけど、あんまり長くもたなそうだね、くすっ」 暢子にだけ聞こえるよう、小声で言う。 「せいぜい、首にはならないようにね」 杏菜は「ではまたね、森山さん」といって立ち去る。 森山は「おう!」と言ったあと、 「久しぶりに梨花と3人でランチするか? 秘書課の仕事とかいろいろ聞きたいだろ?」 とニコニコ顔で暢子に言った。 暢子は「そうだね…」と答えるのがやっとだった。
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