専務との対面

1/8
前へ
/145ページ
次へ

専務との対面

赴任当日は雨が降っていた。 肩まである暢子の髪が、湿気でくるんくるんとパーマのようになり、膨張している。 この前の土日に美容院に行ったし。 今朝もブローしたはずなのに。 あちこち毛先が飛びはねている。 仕方ないので、ポニーテールで結ぶことにした。 スーツは思いきってオーダーにしてみる。 秘書というとベージュのイメージがあったが、まだ冒険はできないので黒にした。 ウェストも少し引き締めたのだが…。 これじゃあまるで…就活の学生のようだ…。 全身鏡に映して、がく然とした。 まったく色気がない…。ガクッ。 とまあ、いろいろ思い通りにならないことはあったが…。 最上階にある秘書室にいくと、 4人の女性たちに迎えられた。 総務部のキャピキャピとは違い、落ち着いた雰囲気で、暢子は少し安心した。 あっちはキラキラなパフェで、こっちはまったり和菓子といった感じ。 おばあちゃん子だった暢子は、どちらかというと「和」のものが好きだ。 「ようこー♪ 今日からよろしくね」 梨花が真っ先に声をかけてきてくれる。 「一応先輩だから、わからないことあったらなんでも聞いて」 ありがとう。 と言いつつ(イライラは直ったのかな…)と梨花の顔色を伺った。 LINEで秘書の仕事のことを聞いても、既読スルーが多かったし、てっきり私を歓迎してないのかと思ってたけど…。 そんな暢子の思考を読み取ったかのように 「あーごめんね。最近、既読スルーばっかだったよね。忙しくてさ」 「本多さん、社長と出張で大変だったのよ」 野村さんと言ったか、少し年上の女性が、側から口をはさむ。 「そうだったんだ…」 誤解がとけて、これまたホッとした。 「じゃ、初顔合わせ行こう」 社長室秘書補佐である梨花が、榎本専務がいると思われる社長室へと暢子を誘う。 瀟洒な白いドアを叩いて、中に入る。 「失礼いたします」 慣れた様子で入る梨花。 「…失礼いたします」 それに続きながら入る暢子。 きっかり45度のお辞儀をして、 顔をあげると…。 社長と向かい合わせに座って、 書類をじっくり読み込んでいる男性がいた。 横顔が、美術の時間で模写した彫像に似ている。 ドアの方を振り返り、暢子と目が合った。 爽やかな風がすぅっと通っていった…ような気がした。 切れ長の二重瞼。通った鼻筋。 雑誌、いやテレビに出てもおかしくないくらいの、整った顔立ちだった。 じっ…と暢子を見る。 そして梨花を見て「どっちが秘書?」と尋ねる。 「……」 梨花がなぜか絶句していたので、 暢子が「ほ、本日より、榎本専務付きの秘書になりました安斎暢子と申します」と、 マニュアル通りに答える。 「よろしく」 榎本はそう答えると、ふいっと書類に目を落とす。 「で、ではまた後程」 震える声でどうにか言った。 き、緊張してしまう。 「本多くん、後でお茶持ってきて」 社長が言うと、梨花は「は、はいっ」と元気よく答える。 その様子を見て、榎本がくすっと笑う。 目尻にシワができて、優しい表情だった。
/145ページ

最初のコメントを投稿しよう!

497人が本棚に入れています
本棚に追加