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もうこの部屋に僕が隔離されてちょうど1年になる。
それは、ある感染症が始まりだった。最初はただの風邪だと思われていたその病気が、そうではないと僕達が気づいた時には世界中で感染が広がり既に手遅れだった。
僕のお父さんはAIを研究する第一人者だ。幼少期からいつも忙しく世界中を飛び回り会えるのは正月と僕の誕生日だけ。
感染症の件でも、お父さんはAI責任者として感染症隔離施設の建設に関わることになった。オンライン通話もお父さんの開発した商品の1つだ。それにより、ますます忙しくなった。
正直すごく、寂しかった。でも僕には優しいお母さんがいつも側に居てくれた。
お母さんと一緒にお父さんの話をしている時、僕は寂しさを忘れることが出来た。
僕の朝は毎日お父さんからのオンライン通話から始まる。
トゥルトゥル♪
僕「はぁ~。お父さんおはよう。」
お父さん「あきら、おはよう!7時だぞ。起きなさい。」
いつもと変わらない父の姿がプロジェクターに映された。
僕「…はーい。ありがとう。」
オンライン通話中は、プロジェクターと連動しており大きな画面に通話相手の姿が現れるようになっている。
あんなに忙しかった父がモーニングコールをくれるようになったのは、僕が隔離された日からだ。最初は不思議に思ったが、今はその習慣にも慣れ日常のルーティンとなった。
この隔離部屋はよく出来ていた。
全てがボタン1つで済んでしまうのだ。
それはテレビのリモコンに似ていた。
ナイフとフォークの絵のスイッチを押すと温かいご飯が机上に準備される。
食器洗浄器の絵のスイッチを押すと、机上の扉が開きお皿を洗って片付けておいてくれる。
映画を見たい時、運動したい時、入浴したい時。
シンプルな8畳の部屋。リモコン1つで、それは日常生活を過ごすのに問題は無い程度には対応していた。
しかし、1つ不満があった。
それはテレビや新聞が見られないこと。そのため外の世界がどうなっているのか僕には分からないのだ。
今、外の世界で感染症はどうなっている?
お母さんの体調は?
答えが出ない事を1人もんもんと隔離部屋で考えていると、頭がおかしくなりそうだ…。
そもそも僕が隔離されたのも、1年前お母さんが感染症陽性になったのが原因だ。お母さんは即入院することになった。さらに濃厚接触者だった僕は、検査で陰性が明らかになったが念のためと隔離されたのだ。
最初にこの生活も1ヶ月だけだと隔離施設職員から説明を受けた。
それなのに、なんの音沙汰も無くもう1年だ。
そろそろ僕の我慢も限界だ。
「…外に出たい…」小さく呟いた僕の言葉が虚しく、狭い部屋に響いた。
僕が外の世界と繋がれるのはオンライン通話だけ。
それも、お父さんからかかるモーニングコールのみ。
隔離されて1週間目は、僕だって病室のお母さんや友達とオンライン通話で会話を楽しんでいた。
しかし、次の週にはその状況はガラリと変わった。
…通話が誰にも通じないのだ。
その頃から、隔離施設職員からかかるオンライン通話での健康観察もパタリと無くなった。
本当は気づいていたんだ、この異変に。
毎日多忙なお父さんがモーニングコールをくれるようになったのはなぜ?
毎日お父さんの服装が同じなのはなぜ?
毎日お父さんの表情、言葉が同じなのはなぜ?
そして、お母さんのことを質問しても、何も答えてくれないのはなぜ?
「うわああああああああああ!!!!!」
急に不安が僕の胸に押し寄せてきて、思わず叫んだ。
ガンっ!ガンっ!ガン!
「開けてくれ!…お願いだから…」
拳を強く握りしめて、壁を大きく叩きつけた。
ずっと僕なりに考えた答えを見ないようにしてきた。
世界に生きているのは僕だけ?
僕に残された選択肢は2つ。
1つは、このままバカなフリをして狭い隔離部屋でぬくぬくと生きていく。…ただし電気、食料がいつまで続くかは分からない。僕はその恐怖と戦い続けることになる。
2つめは、ここから脱出する。
外にどんな現実が待っているか分からない。ただ僕と同じように生きている誰かに会えるかも知れない。
昔お父さんが言っていた。
「何か迷った時には、お前が楽しいと思うことをしなさい。その選択がお前の人生を豊かにするんだよ。」そうめずらしく僕に笑いかける父の姿が、ハッキリと頭に浮かんできた。
それはオンライン通話とは比べ物にならないくらい明瞭に、僕の頭にある映像だ。
「お父さん、ありがとう。」
僕にはもうオンライン電話は必要ない。
どんな結果になっても、僕は僕の人生を生きるよ、お父さん。
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