好きから始まる彼女と僕

1/1
前へ
/1ページ
次へ

好きから始まる彼女と僕

美弥(みや)ちゃん、一緒に帰らない?」 「……なんで」 「うーん、同じ方向だから」 「……わかった」  クラスメイトの藤本美弥ちゃん。少し前までなんとも思ってなかったけど、隣の席になってからちょっとづつ気になってた静かな女の子。  高校から駅まで歩く人なんてたくさんいるけど、今日はどうしても美弥ちゃんと二人で帰りたい。 「美弥ちゃん、美弥ちゃん」 「……何?」 「僕の事どう思ってる?」 「隣の席の人」 「あらら、それは悲しい。僕は美弥ちゃんの事好きだから告白しようと思ってるんだけど、どう?」 「……どうって?」 「僕が告白しても迷惑じゃない?」 「……告白するのはあなたの自由」 「それもそうだね、じゃあ早速。僕は美弥ちゃんの事が好きです。付き合ってください」  結構緊張してる。  美弥ちゃんに絶対見られたくないけど、手が震えてる。どうやって会話を繋げればいいかもわかんなくて必死だってのもあるけど、こんなかっこ悪い告白する予定じゃなかった……どうって……普通そんな事聞かないだろ……。 「付き合うのは嫌」 「あっはは、ばっさり言うね」 「でも、エンコーならしてもいい」 「……ん? 美弥ちゃん今なんて言った……?」 「エンコーならするって言ったの」  風が美弥ちゃんの短い髪をさらさらと宙に浮かせる。黒いアイラインを長く引いて目力が強い美弥ちゃんの目は真っ直ぐ僕を見つめる。 「エンコーって……何それ」 「お金を貰ってあなたとセックスするの。援助交際の略語。知らないの?」 「いや、エンコーは知ってるんだけど……そんなにお金に困ってる?」 「お金があって困ることはないでしょ? この前二重整形したら貯金全部なくなっちゃったの」 「二重整形……?」  美弥ちゃんは化粧をしてるけど、派手な女子たちのようなガッツリ化粧をしているのは見たことない。静かな子だからそういうのは興味無いと思ってたんだけど……。 「クラスで大人しい私が整形なんてって思ってるでしょ」 「い、やぁ……そんなこと」 「顔に出てる」  美弥ちゃんが整形したって言うのにも驚いてる。もちろんめちゃめちゃ驚いてるよ。  でも、それより何より隣の席の好きな人の整形に気付かなかった僕自身に驚いてる。結構美弥ちゃんの事見てたつもりなんだけど、なんで気づかないんだろう。 「あなたの好きはその程度ってことでしょ。私ここ右だから」  もう着いてくるな、そんな雰囲気を出しながら美弥ちゃんは僕から離れる。  止めなきゃ……止めろよ! 今美弥ちゃんと離れたら二度と仲良くなれない。付き合うなんて夢のまた夢になるだろ! 今でさえこんなに脈がないんだから……何か、美弥ちゃんを止められる事をしないと。こんな状況で美弥ちゃんと離れられない! 「じゃ、じゃあさ!」  思ってたより大声を出してしまった。住宅街に僕の声が響く。 「……うるさい」  美弥ちゃんは振り返ったけど僕との距離を縮めようとはしない。 「デート……デートしよ! 僕が全部お金出すから、美弥ちゃんはただ来てくれるだけでいいからさ」 「なんでそんなに必死なの?」 「……好きな人の前では必死になるんだよ」  好きな人にこんな必死な姿見られたくない。好きな人の前ではかっこつけてたいけど、そんなことより後悔したくない。後悔するのは何よりも嫌だ。今できることは全部やらなきゃ。 「分かった、でも一回だけだから」 「ほ、んとうに……?」 「何回も言わせないで」 「ありがとう……本当にありがとう! 後で連絡するね! デート楽しみにしてる!」  美弥ちゃんにくるりと背中を向けて走り出した。どこに行こう、何をしよう、そんな考えが溢れて止まらない!  こんなに胸が高鳴るのははじめてだ!  もう待ち合わせ時間過ぎてるけど……美弥ちゃんが来ない。何かあったのかな? 大丈夫かな? そんなことを考えて同じところを行ったり来たり、不審者に見えるのはわかってるんだけど……どうしてもじっとしてられない。 「ごめん、遅くなった」  化粧は学校と同じはず、はずなんだ。それなのに私服だと言うだけでこんなに違った印象に見えるなんて……。 「……あっ、ううん、大丈夫。全然待ってないよ、本当に全然、大丈夫」  制服のスカート姿も似合うけど、黒いスキニーでかっこいい美弥ちゃんも似合う、これが俗に言うギャップ萌えってやつなのだろうか。 「なんで水族館にしたの?」  この前の帰り道とは違う。距離が離れてない。美弥ちゃんは僕の隣を歩いてる。それだけでめちゃめちゃ嬉しい。 「デートって言えば水族館かな〜って、安直過ぎたかな?」 「日焼けしたくないからよかった」  もう九月半ばとはいえ日差しは強い。僕も部活以外で日焼けはなるべくしたくないし、水族館を選んだのは正解だったらしい。 「美弥ちゃんはなんで来てくれたの? 僕の事なんとも思ってないでしょ?」 「ただの気まぐれ。人のお金で食べるご飯は美味しいし」 「それは思ってても言っちゃだめなやつ。特に本人には」  会話が続くか心配だったけど案外美弥ちゃんからも話を振ってくれて、今のところ会話は途切れてない。 「どの魚も美味しそう。どうやって食べたら一番美味しいかな?」 「……美弥ちゃんさっきから美味しそうしか言ってなくない?」 「だって美味しそうじゃん」 「普通綺麗とか言うんじゃないの……?」  僕が思ってたより美弥ちゃんは楽しそうにしてる。ナマコが触れる水槽で目をキラキラさせながらぷにぷにとナマコをつつく美弥ちゃんは学校にいる時より幼く見える。  学校での美弥ちゃんは大人っぽすぎるから、今の美弥ちゃんの方が年相応、そんな感じがする。 「美弥ちゃんが楽しそうでよかった」  水族館の中にある小さなカフェに入ると、美弥ちゃんはどの写真がいいかな? なんて言いながら僕にスマホを見せてくれる。 「うん、楽しい。思ってたよりずっと楽しい」 「思ってたよりって言うのが気になるけど、美弥ちゃんが楽しいならいっか」  美弥ちゃんはどんだけ着色料が入ってるのか気になるぐらい真っ青なジュースを光に当てながら一生懸命写真を撮ってる。水族館で撮った写真も選んでたし、写真撮るのが好きみたい。 「美弥ちゃんは写真撮るの好きなんだね」 「SNSにあげるの。リア友よりネッ友の方が多いし見て欲しいって思うから」  ネッ友か。懐かしい。  僕も昔はネッ友の方が多かった。 「ネッ友は年上の人が多いの。そんな人たちと遊んでると同級生が子供に見える。話してる内容も行動も、同い年のはずなのに」 「……だから、同級生の友達は要らないって思ってる?」 「子供の相手はしたくない。私はネッ友がいれば充分。学校だけの狭い世界で生きるのは嫌なの」 「……僕の思い出話聞いてくれない? ちょっと説教臭いんだけどさ」  美弥ちゃんは露骨に嫌そうな顔をする。僕の事を真っ直ぐ見てくれてたのに目も合わせてくれない。今すぐにでも帰りたい、そんなオーラが出てる。 「僕が今年転校してきたのは知ってるよね?」  疑問を投げかけても美弥ちゃんは答えてくれない。でもめげないぞ。僕は構うことなく話を続ける。 「前の学校にいる時はほぼ友達はいなかった。美弥ちゃんと同じ理由で必要ないって思ってた。年上のネッ友とばかり遊んでたから、僕はみんなより上なんだ〜ってクラスメイトを見下してた」 「私は見下してなんてない。あんたと一緒にしないで」 「嘘だよ、美弥ちゃんは僕も含めて同い年を見下してる。昔の僕と同じこと言ってるもん」  美弥ちゃんはどんどん機嫌が悪くなる。せっかく楽しいデートをしてるんだから、こんなこと言うべきじゃないとは思ってるんだけど……僕が言わないといけないんだ。 「すごく仲良くしてた女のネッ友がね、お金を渡してきたんだ。僕はそのお金がどういう意味かわかったけど嫌がらなかった。彼女が望む行動をした。それからも彼女との関係は続いたし、他のネッ友からも同じことを求められた事もあった。僕は彼女たちにただ友情を求めてたのに、彼女たちが僕に望んだのは違うものだった」  美弥ちゃんは相変わらず機嫌が悪い。僕の話には興味が無いと言わんばかりにスマホをいじってる。 「僕はお金が貰えればいいと思ってた。彼女たちとの関係は嫌いじゃなかったし、気持ちいい思いもしたけど、今は後悔してる」 「だから? 私にエンコーするなって言いたいわけ?」 「本当はそう言いたいんだけど、僕も同じような事してたからそうは言えないんだけどさ〜」 「じゃあ何?」  美弥ちゃんの口調はどんどん強くなる。好きな人からこんなに露骨な態度を取られるとめちゃめちゃへこむ。僕がこんな話始めなければ良かったんだけど、どうしても話したい。 「後悔はしちゃだめだよ。これができる自信が無いならエンコーはしちゃだめ」 「あんたに説教なんてされたくない」  美弥ちゃんは荷物を持ってカフェから出た。  僕も美弥ちゃんを止めようと必死に追いかけるけど、人が邪魔で美弥ちゃんとの距離が縮まらない。 「美弥ちゃん……っ! お願いだから僕の話を聞いて!」  水族館の出口で叫ぶと、美弥ちゃんはやっと止まってくれた。顔を真っ赤にして僕に近づく。 「なんであんたはすぐ叫ぶの……! 恥ずかしいことしないで」  ぺしっと頭を叩かれる。けど、また叫ばれるのが嫌みたいで僕から離れようとはしない。 「……話、聞いてあげてもいい」 「本当に?」 「聞いてあげるからあれ買って」  そう言って美弥ちゃんはお土産屋さんを指さした。 「あれって……もしかして、あのでっかいぬいぐるみ?」  お土産屋の中に綺麗に並べてあるディスプレイが見える。そのディスプレイで一際目立っているシロイルカのでっかいぬいぐるみ。一メートルぐらいありそうだ。 「そう。あれ買ってくれるなら話聞いてあげる」  買う買わないって悩む以前にどうやって持って帰るんだろう? という疑問が頭に浮かんだ。それと同時に、僕の足は迷うことなくお土産屋に向かってぬいぐるみを買ってた。  結構な値段だったけど、美弥ちゃんといる時間が長くなるならいいかも、なんて気持ち悪い下心に気づいて我ながら引く。 「はい、買ってきたよ」 「……本当に買ってくるとは思わなかった」  美弥ちゃんも引いてた。おねだりしたのは美弥ちゃんなんだから引かないで欲しい。 「それで、話の続きは?」  水族館の出口近くのベンチに美弥ちゃんと座ってる。僕の隣にシロイルカのぬいぐるみがいて、その隣に美弥ちゃんという謎の並び。  日焼けしたくないから水族館を選んだのに、カンカン照りの太陽の下。屋根なんてない。多分これは明日には痛い目にあう、そんなことを思いつつ美弥ちゃんを見る。 「実は……ですね」  正直に言うと、美弥ちゃんはぽかんとした顔で数秒止まった。僕もつられてぽかんとした顔で止まる。 「もう言いたいことは全部言った……?」 「……うん」 「じゃあ、なんのためにこのたっかいぬいぐるみ買ったの?」 「……僕もわかんない」  美弥ちゃんは僕の言葉を聞くと耐えられないと言わんばかりに吹き出した。そしてものすごく大声で楽しそうにげらげらと笑い始める。 「なんのためにお金使ってるの! まじで意味わかんないんだけど!」  言ってる言葉はいつもと同じ、いつもの美弥ちゃんと同じ印象なのに、その口調はいつもより柔らかい気がする。  教室では誰にも興味無い、そんな印象を抱かせる表情と口調からは想像もできないぐらい、今の美弥ちゃんは近くに感じる。いつもよりずっと距離が近い。 「美弥ちゃん、やっぱり僕は美弥ちゃんのことがどうしようもなく好きみたい」 「でしょうね。私のためにこんだけお金使ってるんだもん。あんたの好きはちゃんと伝わってる」  この前、美弥ちゃんにあんたの好きはその程度って言われた。確かに言われた。  その美弥ちゃんから伝わってるって言って貰えたのが嬉しくて、本当に本当に嬉しくて、自然と顔がにやける。 「エンコーはしないから安心して。あんたにこれ以上説教されるのは勘弁」  美弥ちゃんはシロイルカのぬいぐるみを持ち上げて大事そうに見つめて、それから僕の方を向く。いつもと同じ黒い長めのアイラインが引かれた強い目。それなのに、なんだか違う人みたい。いつもより、もっとずっと、近くて優しく感じる。 「あと、私は菖珠(しょうじゅ)くんのことを恋愛感情で好きって思ってないけど、それでもいいなら付き合う。付き合ってから好きになる努力はする」 「……美弥ちゃんって僕の名前知ってたんだね」 「そこ?」  美弥ちゃんはまたげらげらと笑う。そんな美弥ちゃんに僕は手を伸ばす。 「なんでもいいよ。僕は美弥ちゃんと付き合えるならそれでいい。これからよろしくお願いします、藤本美弥ちゃん」 「改まられても困るんだけど」  少しだけ顔を赤らめて戸惑う美弥ちゃんに、ほら握手! と急かすともっと顔を赤らめながら恐る恐る手を握ってくれる。 「……よろしくお願いします、金井菖珠くん」  顔を真っ赤にしながら下を向いてる美弥ちゃんの姿が可愛すぎて可愛いと言う言葉が口から漏れだした。  その言葉を聞いた瞬間に美弥ちゃんはうるさいとまた頭を叩く。これはもう上下関係が出来上がってるな、僕はそんなことを思いながら幸せな気持ちで美弥ちゃんと手を繋いでベンチから立ち上がった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加