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さしずめ年の離れた兄と妹か、若すぎる父親と娘か。まさか誘拐犯にゃ見えねえだろうな? みはなのやんごとなき顔立ちと、チンピラもどきの自分の見てくれの相反作用で、嫌でも周囲の目を意識せざるをえない大志である。 レトロな趣のアーケード商店街はみはなのお気に入りの場所だ。彼女曰く屋根のあるお店がたくさん軒を連ねている。 個人経営のブティックや金物屋が並ぶ中、手押し車に縋った老婆や、ベビーカーを押す主婦がのんびり通り過ぎていく。 「屋根のおかげでお日様がかくれんぼして涼しいですね」 「ザ・昭和って感じだな」 「大志さん」 「ん?」 大志の手を握る力を少し強め、おずおずと口を開く。 「妖精さんに踏まれたとき、痛くなかったですか」 突飛な質問に虚を衝かれる。 歩調を落としてまじまじ見下ろせば、みはなが心配そうな顔で、どこまでもまっすぐに大志の目を覗き込む。逸らすことを許さない真摯な眼差し。 「さあな。うんと前のことだから忘れちまった」 上手くとぼけられないのはきっと、みはなの眼差しがまっすぐすぎたせいだ。 直感力でごまかしを見抜いたか、納得いかず食い下がる。 「跡になってましたよ」 「強く踏ん付けたんだよ」 「妖精さんのトリプルトゥプール?」 「トゥループな、舌を巻くのが発音のコツ」 「トル……トゥ……ごまかさないでください」 言い直そうとして舌を噛み断念、半べそでキッと顔を上げる。 「本当はどうだったんですか。痛かったんですか。あんなくっきりした足あと、うんとジャンプしたりスキップしなきゃ付きませんよ」 「たいしたこたねえよ。まあちったあ痛かったかもしんねーけど」 執拗な追及に負け、語尾がもにょもにょと萎む。 「やっぱり……」と神妙な面持ちで頷くや即座に大志の手をすりぬけ、正面に回り込んだみはなが命令、もといお願いをする。 「しゃがんでください」 「は?やだよ」 「いいから」 みはなが頑固に繰り返す。誠一そっくりの態度のでかさだ。大志は素早く周囲を見回す。子連れで買い物にきている主婦や、金物屋の店先で立ち話している親父の他に人けはない。みはなの意図は不明だが、下手に拒否してへそを曲げられてはかなわない。 「オーケー降参、お姫様の仰せのままに」 その場で両手を挙げてしゃがみこめば、今度は後ろに回り込んだみはなが、シャツの上からひたりと背中に手をあてる。そして 「いたいのいたいのとんでけー」 円を描くように大志の背中をさすり、ぱっと手をどかす。 「いたいのいたいのとんでけー」 唄うような調子で唱え、大志が覚えてないと言い張る痛みを、どこか遠くへやろうとする。 完全に毒気をぬかれた大志が、前を向いたままうんざり尋ねる。 「……何のまね?」 「いたいのとんでけです」 「いや知ってっけど。痛くねえって言ってんじゃん、ただの足あとだぜ」 「でも痛そうに見えたんです」 妖精に踏ん付けられた時、大志がどんな気持ちだったか。 どんな痛みを感じたか、それとも感じなかったのか。 子供心に頑張って想像したみはなは、彼がむかし感じていた痛みが、癒えるように願わずにはいられなかった。 「みはなだって踏ん付けられたら痛いですし、痛くないふりしなくて大丈夫ですよ」 「してねェし」 「妖精さんを脅かさないように、じっとガマンしてあげた大志さんはいい子ですね」 みはながわざわざ大志をしゃがませた理由がわかった。大志にいたいのとんでけのおまじないをかける為と、再び前に回り込み、大志にいい子いい子するためだ。 「…………」 鼻の奥がツンとする。 大志はみはなに嘘を吐いた。 背中の傷は妖精の足あとだと、根も葉もないでたらめを言った。本当のことはどうしても言えなかった。 みはなは本物の火傷を見たことがない。 だからこそ大志の背中一面に散らばる煙草の痕を、妖精の足あとだと信じ込んだ。 料理を手伝うときは悦巳が注意しているし、悦巳が不在の時は誠一が気を付けている。故に物心付いてから火傷の経験は皆無、まわりの人間がその手の怪我をしたこともない。 唯一、大志を除いて。
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