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みはなの手はぬくくて気持ちがいい。
てのひらから素朴な優しさが伝わり、うちのめされた大志は力なくうなだれる。
アーケードのど真ん中で向かい合うふたりの横、電気屋の店頭テレビがニュースを報じる。
『東京都目黒区で起きた虐待死事件の続報です。被害者の田宮萌ちゃんは、全身に煙草の火を押し付けられたあとがあり……』
やがて大きく映し出されたのは、三歳程度の女の子の写真だ。
これから自分の身に起きる出来事など知らず、カメラに向かって笑っている。
大志の身体にも同じものがある。煙草の火を押し付けられたあとだ。大志は親に虐待され、悦巳と同じ施設に保護されたのだ。
午前のニュースが流すのは幸せだった頃の被害者の写真だけで、痛々しさ極まる火傷の写真など絶対取り上げない。だからみはなは実際の火傷がどんなものか知らない。
できるなら、かなうなら、一生知らないままでいてほしい。
「行くぞ」
大志がいたたまれなくなるのと同時に駆けだして、一面に切られたガラスにぺったり手を付く。
「おい!」
声をかけそびれた大志がじれったげに見守る中、みはなはさっきと全く同じ動作でガラスに手をかざし、それを回す。
いたいのいたいのとんでけのおまじない。たぶん、親ばかな家政夫に教わった。
「…………」
みはなはまだ幼い。
引き続き流れる虐待のニュースだって、自分より小さな子どもが親にいじめられて死んだと、おそらくその程度にしか理解してないはずだ。
なのに。
その子を可哀想に思っているのか。
少しでも痛みを軽くしてあげたいと願ったのか。
電気屋の店先のテレビに駆け寄り、ガラスに手を張り付け、たった今大志にいい子いい子したみたいにその子の写真をなでてあげる。
その子が生前してもらえなかった分まで、一生懸命まごころをこめて、いたいのいたいのとんでけをしてあげている。
みはなちゃんは優しい子なんすよと、ここにはいないばかせいふが囁く。
「おうちに帰りましょうか」
ガラスからそっと手を離し、駆け戻ってくるなり大志の手をとる。みはなの手のぬくもりに包まれ、大志はそっと目を閉じる。
妖精の足あとを隠して生きている人は、普通の人間が考えるよりも、きっとずっと多い。
テレビに映ったあの子の身体にも、妖精の足あとがある。
でも。
それでも。
みはなの優しい手に癒してもらえるなら、自分の背中にある足あとはもう痛まずにすむと、今の大志は思えるのだった。
「おかえりー。例のアレ買ってきたか」
「ほらよ」
「さっすが!楽しかったっすかみはなちゃん」
「みはな帰り道で蟻さんにすいかをあげました」
「スイカ……?え、大志スイカ買ったの太っ腹じゃん。でも蟻さんにって、まさかまるごと?」
「教えねーよ」
「みはなと大志さんのヒミツですもんね」
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