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「オンライン・オフ会…?」
矛盾を一言ではらめるのは器用な技です。
言葉遊びを愛好するものとしては垂涎モノ、なのかもしれませんが、わたし、内牧 絲は思わず声を上げてしまいました。
けれど、話し相手の敷戸さんは意に介さないように続けます。
「うん。ムサさんもやってみたいって」
「ムサさん…柔軟な方ですね」
敷戸さんは少し不思議なところがあって、いつも飄々としています。何があっても動じないような、自分に一本芯を持ったところがある、そんな人物です。
わたしは彼のそんなところが好きで、幼い頃から後ろをついて行っていました。現在は、マネージャーとしてK大学で彼の参加するダジャレ愛好サークルの末席に入れてもらっています。ダジャレにマネジメントが必要なのかというご指摘は幸い頂きませんでした。
K大ダジャレサークルは巷では少々有名な存在らしく、web会員というものが存在しているようです。
先ほど話題に上がっていた「ムサさん」はその一人、東の方に住んでいるダジャレ愛好家の方です。断片的な情報からおおよそ同世代の方のようですが、あとはゲーマーさんであるということぐらいしか分かりません。
「ムサさん、最近いいことあったみたいでさ。嬉しいことに活動に積極的なんだよね」それで、僕らともあってみたいらしくて、と敷戸さんは続けます。
「僕がオフ会提案したら乗ってくれたんだ」
「それは嬉しいですね。わたしもお会いしてみたいです」
「でもちょっと遠いんだよね。だからオンライン」彼は指揮者のように人差し指を立ててくるくると回します。その動作がインターネット網をイメージしているというのは理解されづらいでしょうが。
「わたしは何をお手伝いしたらいいですか? インターネットにはあまり強くありませんが、セッティングのみでしたら……」
「ありがとう。イトはダジャレに興味ないもんねぇ」静かに笑われているので、そんなことはないと反論したいところですが、その通りなので口をつぐんでしまいます。
「玉来部長も「ph低めでなんならゼロ」って言ってたし、あとは技術面だけだね」
「ん……賛成ってことですね?」
言葉遊びを愛するというその特徴からでしょうか、10名程度の部員はほぼ文系学部なわたしたち。PCスキルは最低限で……皆、あまり強くはありません。
「そうそう。イトも鍛えられてきたね。まあ、こっちは1台PC用意してオンラインつないで、web会員さんには各自頑張ってもらう感じで…やってみたら何とかなるよ。大丈夫」
細身の腕で頬杖をつき、ふへへ、と柔らかく笑む敷戸さん。わたしは包容力のあるこの笑顔が好きなのです。この表情をされると、ひょろりとした外見の印象からは意外なほど大きく見えます。
昼下がりの暖かい日差しが入る第18番教室には、わたしたちの他に誰も居ません。旧棟はあまり人気がないのです。
細かい埃がきらめく白い光をぼうっと眺めていると、この世界に敷戸さんとわたしの2人しかいないような錯覚を覚えます。
「オンラインって面白いよねぇ。ネットにつないだ瞬間僕たちの目の前には無限に人の気持ちがあるんだよ。なんと向こう側にはムサさんだっている」彼はおどけたようにまた例の人差し指くるくるを始めました。
わたしがあいまいに頷くと、彼は目を細め、楽しそうに続けます。
「……ええっといま人類は何人いるんだっけ、……77億人か。それだけの気持ちがあっちこっち流れてる、うん、壮大だ。それに、もしかしたら地球外生命体とか、超未来の人とかの書き込みだってすぐ傍にあるかもしれない、って思うとさ……僕はワクワクしちゃうんだよね」
場にわずかの沈黙が降りました。
わたしが心ここにあらずであったことに気がついたのでしょう。
「ここには二人しかいないのに、ね」
流れるような動作でつんとおでこをタッチされました。
「あ、ごめんなさい。ちょっとぼうっとしていて……」
分かってます、彼とってはわたしはただの妹分。
分かっていますとも。
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