【優秀作品賞受賞】ラスト・マン

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 人類が絶滅してから50年がたったらしい。らしい、というのは、僕は人類がこの地球にわさわさいたころを見たこともないからだ。どこまでも広がる雪原にたちながら、白い息をはく。  雪のしたに母を埋めて、昨日食べたネズミの骨で輪っかをつくる。昔、花というものがあったときには、それで輪をつくって埋葬品にしたと教えてくれたのは父だった。3年前に、夕食のクロテンをとりに行って、死んでしまった父だった。  白い雪のなかに母をかんぺきに丁寧に埋めて、胸元にネズミの骨の輪っかをおき、枯れかけた木の枝を一本さす。この枝も、きっと今晩には埋もれて見えなくなってしまうだろう。 「……行かなきゃ」  僕は立ち上がって、急ごしらえの墓を見つめる。  雪のなかにつくった、雪のお墓。この下にいる母は冷たいだろう。でも、もう飢えや獣におびえることはないのだ。それは、とても幸福なことのような気がした。  枯れ蔓で編んだ草履で、一歩、南へと踏み出す。 「……寒いねえ、母さん」  僕はふと呟いてから、隣にもう母がいないことを再認識した。地球に訪れた冬は、花も河も湖も火山もすっかり作り変えてしまった。食料はわずかに生き残った寒冷地の獣だけ。母さんは獣をとってきては僕にだけ分け与え、自分はお腹をすかせて死んでしまったのだ。最後に「私を食べなさい」と告げて。 「……寒いねえ、父さん」  僕はもう一度つぶやく。本当にヒトリになってしまった時は、独り言でも呟いて気を紛らわすんだと教えてくれたのは父だった。ちょうど10歳のときに、人類が絶滅しかけたときの生き残り。10年かけて旅をして、母とめぐりあい、僕を育てた父。
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