現実の世界

1/1
前へ
/9ページ
次へ

現実の世界

 ゲームからログアウトすると、右手で頭に取りつけていたVRマシンを外した。  eスポーツ向けに開発された最新のVRマシンは、使用者の肉体を動かすことなく、脳波を読みとり、仮想世界で本物の肉体を動かすかのように活動できる。  障害者、健常者が関係なく競える唯一の競技。  俺はため息をつくと、こめかみを押えた。 (リアルで会いたい、かぁ…)  そんなの、無理に決まっている。  左手首で電動車椅子のジョイスティックを動かすと、隣にあるベッドへ移動して寝転んだ。  俺は先天性の障害で、両足と左手首より上が動かない。電動車椅子のおかげで、生活には困ってないけど。  アズサに障害のことは言っていない。  俺の事を見たら、彼女はどう思うだろう?  考えたくない、言えない。  だから、会えないーー  障害は個性、か。  俺の障害のことを、家族や親しい友人は皆『個性』だと言ってくれる。  生まれつき障害のある俺は、多少その言葉を受け入れている。これは俺の個性なのだ、と。  でも、もし健常者になれるなら、俺は迷わず健常者になることを選ぶだろう。  個性なんだと受け入れていても、その個性を足枷に感じてしまうことがあるから。  まあ、障害なんて、そんなものなんだろうけど。  そうやって、割り切って、飲み込んで、飲み込めない、噛み砕け、言い聞かせろ。  目を閉じて。  ダメだ。今日はもう寝よう。  俺が照明のリモコンへ手を伸ばした瞬間、スマホの着信音が鳴った。  誰かと思って画面を覗いてみると、小学校から付き合いのある地元の友人ヤマトだった。 「ひっさしぶりー!元気してたー!?」 「ヤマト、相変わらずテンション高いな…もう夜だぞ」 「いやー、今日学校の帰りに新作のゲーム買っちゃって、自慢ついでに渡里(わたり)の近況報告でも聞こうかと」 「あーそう」 「お前、ソード・クロニクルでもトップランカーなんだって?さすがプロゲーマー目指すだけあるよなあ。 あ、でさぁ。学校でソード・クロニクルやってる奴がいて、なんかお前、すっげーゲーム上手い女の子とパーティー組んでるんだろ?」 「…実はさ、ヤマト。俺、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」 「渡里が?珍しいな。親友の話だ。聞いてやろう」  俺はヤマトに全て話した。アズサのこと、会いたいと言われたこと、俺の不安のこと。  話を聞き終えると、ヤマトは少し考えてから、言い放った。 「渡里、お前はさ、アズサちゃんに会ってみたいって思ってんの?」 「正直、思う。  だって、アズサってさ、本当にすっげープレイヤーなんだぜ?俺が今まで見てきたゲーマーの中でも群を抜いてる。天才だよ。そんな人間に、会いたくないわけないだろ!?」 「じゃあ、それでいいじゃん」 「ヤマト、俺の話聞いてた?」 「聞いてた。お前は障害のこと、不安に思ってるんだろ?」 「うん」 「オレはさ、障害なんてないし、渡里の不安な気持ちを完全に理解することはできない。アズサちゃんも、最初は戸惑うかもしんない。小学生のころ、初めてお前に会った時のオレみたいに。  でも、そんなこと気にならないくらい、お前は明るくて、優しくて、努力家で。周りの人間を巻きこむようなパワーと魅力がある。俺は渡里のこと、今も昔も、自慢の親友だと思ってる」 「なんか恥ずかしいな」 「アズサちゃんもさ、お前のそういうとこに惹かれて会ってみたいって思ったんだろ?だからさ、不安になんてなる必要、ないと思うぜ」 「ありがとう、ヤマト」 「いいよいいよ、親友のお年頃な悩みが聞けて嬉しかったし!あ、今度お前ん家行ったとき、お前のアカウントでソード・クロニクルやらせろよなー」 「ヤマトすぐダンジョンで迷うから、絶対嫌だ」  俺は通話を切ると、そのまま眠ってしまった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加