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現実の世界
ゲームからログアウトすると、右手で頭に取りつけていたVRマシンを外した。
eスポーツ向けに開発された最新のVRマシンは、使用者の肉体を動かすことなく、脳波を読みとり、仮想世界で本物の肉体を動かすかのように活動できる。
障害者、健常者が関係なく競える唯一の競技。
俺はため息をつくと、こめかみを押えた。
(リアルで会いたい、かぁ…)
そんなの、無理に決まっている。
左手首で電動車椅子のジョイスティックを動かすと、隣にあるベッドへ移動して寝転んだ。
俺は先天性の障害で、両足と左手首より上が動かない。電動車椅子のおかげで、生活には困ってないけど。
アズサに障害のことは言っていない。
俺の事を見たら、彼女はどう思うだろう?
考えたくない、言えない。
だから、会えないーー
障害は個性、か。
俺の障害のことを、家族や親しい友人は皆『個性』だと言ってくれる。
生まれつき障害のある俺は、多少その言葉を受け入れている。これは俺の個性なのだ、と。
でも、もし健常者になれるなら、俺は迷わず健常者になることを選ぶだろう。
個性なんだと受け入れていても、その個性を足枷に感じてしまうことがあるから。
まあ、障害なんて、そんなものなんだろうけど。
そうやって、割り切って、飲み込んで、飲み込めない、噛み砕け、言い聞かせろ。
目を閉じて。
ダメだ。今日はもう寝よう。
俺が照明のリモコンへ手を伸ばした瞬間、スマホの着信音が鳴った。
誰かと思って画面を覗いてみると、小学校から付き合いのある地元の友人ヤマトだった。
「ひっさしぶりー!元気してたー!?」
「ヤマト、相変わらずテンション高いな…もう夜だぞ」
「いやー、今日学校の帰りに新作のゲーム買っちゃって、自慢ついでに渡里の近況報告でも聞こうかと」
「あーそう」
「お前、ソード・クロニクルでもトップランカーなんだって?さすがプロゲーマー目指すだけあるよなあ。
あ、でさぁ。学校でソード・クロニクルやってる奴がいて、なんかお前、すっげーゲーム上手い女の子とパーティー組んでるんだろ?」
「…実はさ、ヤマト。俺、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」
「渡里が?珍しいな。親友の話だ。聞いてやろう」
俺はヤマトに全て話した。アズサのこと、会いたいと言われたこと、俺の不安のこと。
話を聞き終えると、ヤマトは少し考えてから、言い放った。
「渡里、お前はさ、アズサちゃんに会ってみたいって思ってんの?」
「正直、思う。
だって、アズサってさ、本当にすっげープレイヤーなんだぜ?俺が今まで見てきたゲーマーの中でも群を抜いてる。天才だよ。そんな人間に、会いたくないわけないだろ!?」
「じゃあ、それでいいじゃん」
「ヤマト、俺の話聞いてた?」
「聞いてた。お前は障害のこと、不安に思ってるんだろ?」
「うん」
「オレはさ、障害なんてないし、渡里の不安な気持ちを完全に理解することはできない。アズサちゃんも、最初は戸惑うかもしんない。小学生のころ、初めてお前に会った時のオレみたいに。
でも、そんなこと気にならないくらい、お前は明るくて、優しくて、努力家で。周りの人間を巻きこむようなパワーと魅力がある。俺は渡里のこと、今も昔も、自慢の親友だと思ってる」
「なんか恥ずかしいな」
「アズサちゃんもさ、お前のそういうとこに惹かれて会ってみたいって思ったんだろ?だからさ、不安になんてなる必要、ないと思うぜ」
「ありがとう、ヤマト」
「いいよいいよ、親友のお年頃な悩みが聞けて嬉しかったし!あ、今度お前ん家行ったとき、お前のアカウントでソード・クロニクルやらせろよなー」
「ヤマトすぐダンジョンで迷うから、絶対嫌だ」
俺は通話を切ると、そのまま眠ってしまった。
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