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それ以来、絢さんは反応してくれなくなった。
オフィスに行っても良いか、夕飯を食べに行きたい、といつものように誘っても未読無視。
でも僕は、弟のままでいいから会って、とは書かなかった。
もしそう書いたなら、反応してくれるかもしれない、とは思ったけど。
一週間が経った。
このままにしておけば、もう彼女とプライベートでは会えないだろう。
大人同士だから、仕事の依頼をすれば、請けてはくれるだろうけど。
でも、もうオフィスには行けない。
同時に、このまま会わずにいたら、彼女への思いは薄れていくだろうか、と客観的に自分の心中をさらってみた。
彼女のどこが好きなのか、冷静になって考える。
色白で、目が印象的な小さな顔、スーツが似合う細身の身体、向かい合っているときの些細な仕草や語り口調、アクセサリーやバッグなど持ち物の趣味。
彼女のオフィスの風景や、そこにいる彼女の佇まい。
やはり、どこが好きだなんて言えない。彼女の存在自体が好きで、傍にいたいだけ。
そして僕は、彼女にとって特別な人だと思われたい。
そんなことを考えつつ、自分でも整理をする時間が必要だと思って、さらに一週間我慢した。
結局、僕の中では何も変らない。
彼女に会いたくて、突き放されたままでいることが苦しかった。
それで、平日の真ん中水曜日、有給休暇を取った。
午前10時、彼女のオフィスに行ってみる。
やはりオフィスは閉まっている。ドアの横のポストには、郵便物が刺さったまま。
今日はまだ来ていない、と言うことだ。
この二週間の仕事中、外回りがある日に一度寄ってみたけど、閉まっていた。
どうやら、僕が寄るかも知れないと思って、オフィスに来るのを避けているらしい。
パソコンがあれば、資料作成などはどこでもできる。だから自宅で仕事をすることもある、と言っていたから。
僕は長期戦を覚悟して、近くの街をぶらついた。
本屋に入って時間を潰し、12時を回ったとき、もう一度オフィスに行ってみる。
それでもまだ閉まっていた。
建物の外に出て、ファミレスに入り、ゆっくりランチを食べる。
それでまた街をぶらついて、時間を潰す。
4時近くになって、今度は、オフィスの裏側に回ってみた。
5階建てのそのビルは、上に行くほど広い貸しオフィスになっている、と聞いていた。
彼女のオフィスは2階だ。
まだブラインドが閉まったままだ。
僕は辺りを見渡して、すぐそこにあった喫茶店に入る。
彼女のオフィスの窓が見えるテーブルに座り、買ってきた雑誌を見るフリをする。
一日ずっとオフィスを空けていても、郵便物や留守電の確認に、必ず1度はオフィスに寄るようにしている、と彼女は言っていた。
郵便物があった、ということは、昨日の昼以降、来ていないということだ。
きっと今日のうちに戻るだろう、そう思っていた。
予想通り、オフィスの灯りがついたのは、それから30分ほど経った頃だ。
僕は慌てて店を出て、彼女のオフィスに向かった。
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