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彼女はさっきの場所で立ったまま、手で顔を覆って肩を震わせている。
「どうして泣くの?」
僕はそっと近寄って、彼女を抱きしめた。
「さっきのが嘘だから?」
彼女は何も言わない。でもその弱い姿を見られたせいか、突き放しもしなかった。
しばらくそうしていて、彼女が落ち着いた頃、僕はその頬に手を掛けて顔を上げさせた。
彼女は目をそらした。
「本当のことを言って? 僕はあなたに嘘をつかれたくない」
しばらくして、彼女はあきらめたように言った。
「…もう、誰も好きになりたくない」
「それは、僕を好きだと言っているのと同じことだよ」
彼女は黙っている。
「もう痛い思いをしたくない、って言ったよね。それは好きになった人とうまくいかなくなるってことでしょう?」
僕は彼女の頬から手を離し、その小さな身体を包み込んだ。
「僕は離れていかない。あなたに嫌な思いはさせない。だから素直に認めてほしい。僕を弟以上に意識してるってことを」
抱きしめた温もりで、彼女の気持ちがほぐれるといい、心からそう思った。
しばらくされるがままになっていた彼女が、身じろぎをした。
少し腕を緩める。
「本当に信じていい?」
胸の辺りから声が聞こえた。
身体を離すと、彼女は顔を上げた。
「いつか裏切られるんじゃないか、と、心配しなくてもいい?」
僕は彼女の目を見て言った。
「あなたを僕だけのものにしたい、って言ったよね」
腕に軽く力を入れる。言葉に信憑性を持たせるために。
「できれば今日からでも一緒に住みたい。
今すぐにでも入籍して、あなたが僕のものであると周りに言いたい。
あなたの心が一瞬でも他の人に向かないように、ずっと僕だけしか見ないように大事にしたい」
そう言うと、彼女は驚いた顔になった。
「そんなことまで考えてたの?」
「僕は本気だ。分かってくれた?」
でも彼女はまた俯いて、首を振った。
「分からない。あなたの相手が私でいいのかも、本当に心を全部委ねていいのかも」
「そう思うのなら、こんなふうに突き放さないで、僕を試してみればいい。
これまでみたいに会ってほしい。いろんな僕を見て?」
彼女は頷くでもなく、否定もしなかった。
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