誕生日プレゼント

6/6
前へ
/39ページ
次へ
「帰るんでしょ? 他に行くところがなければ車で家まで送るよ」 このまま電車かバスに乗ったら、あの人何かあって泣いたんだ、と分かる顔だ。 彼女もそう思ったらしく、動き出すとカウンターの足下にあったバッグを手にした。 鍵を閉め、廊下を歩き出したとき、僕は彼女の手を握った。 彼女はされるがままになっていて、何も言わなかった。 オフィスの来客用駐車場に止めてあった車に乗り込み、聞いていた彼女の家の方に向かって走り出す。 ふたりとも何も話さず、車内にはラジオの音楽だけが流れている。 「その先の信号を左に」 流れていく街の灯りを眺めていた彼女が、そう指示を出す。 そのまま案内されて、あるマンションの駐車場に入っていった。 「ここがそう?」 彼女は頷く。 「次の土日は休み?」 「多分」 「じゃあ、僕とデートして? 絢さんと一日中、一緒にいたい」 彼女は少し考えて 「私が行こうとしていたところに連れて行ってくれるなら」 「いいよ。どこに行きたいの?」 「お城」 彼女はそう言うと、少しだけ微笑んだ。 「今度は連絡したら、ちゃんと返事してくれるよね?」 うん、と頷く。 「お願いだから未読無視だけはしないで。嫌だったらちゃんと言ってね」 そう言うと、彼女はまた頷いた。 「おやすみ」 年上の姉さんだった彼女が、今は妹みたいに小さくなってる。 「おやすみ」 車を降りて、マンションの入り口へと向かう。 照明が明るいエントランスで、壁の機械に向かって暗証番号を押しているのが見えた。 エレベーターを待っているうちに、僕の車の方を見る。 こちらが暗いから見えないかも、と思ったけど、僕は手を振った。 彼女も軽く手を上げて、降りてきたエレベーターへと消えていった。 ハンドルに両手を掛けて、その様子を見守っていた僕は、ふーっと息をついてシートにもたれた。 …なんとかなった。 かなり強行なやり方だったけど、返って良かったかもしれない。僕の想いを伝えられたから。 その時、3階の右端の部屋に電気が点いた。 フロントガラスに顔を寄せて、その部屋が絢さんの部屋なのかな、と思って見ていると、窓ガラスに人影が映った。 カーテンを閉めようとしている。その動きが止まって、ベランダへの窓が開いた。 彼女がそこから僕の車を見て、小さく手を振った。 僕も手を振り返すと、窓が閉まって、カーテンも閉じられた。 それを見て安心した僕は、落ち着いて家へと戻っていった。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1081人が本棚に入れています
本棚に追加