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彼女はゆっくりと建物を出口へと向かう。
靴を履いて外に出ると、「お昼食べよう」と言った。
隣の建物が、昔のままの佇まいを残した食堂になっている。
もう時間的には昼を少し過ぎていて、テーブルは半分くらい空いていた。
でも彼女は、真っ直ぐにカウンターへと向かう。
「私は決まっているから」、と隣に座った僕にメニューを渡す。
僕がそれを見ている間に、目の前に積み重ねられていた湯飲みを二つ取ると、お茶を注いで、ひとつを渡してくれる。
カウンター越しに店の人が「お決まりですか?」と聞いてくれ、彼女は「鶏南蛮のうどん」と言った。
僕は天ぷら蕎麦を注文する。
これまで、一緒にご飯を食べに行っていたとき、彼女はよく喋った。
時には僕をからかい、弟扱いしてみたり、社会人の先輩としてアドバイスをくれたりした。
それを思うと、今日は口数が少ない。
今も、カウンターの中で天ぷらを揚げたり、茹で上げた麺の水を切っている人たちの様子を見つめている。
注文したものはじきに来て、僕らはそれを味わって食べた。
「旨い」
揚げたての天ぷらは、サクサクだった。
「その舞茸の天ぷら、半分食べたい」
ふいに彼女がそう言ったので、僕は思わず笑ってしまった。
どうぞ、と皿ごと彼女の方へ寄せると、上手に半分に裂いて、自分の麺の上に載せ、皿を返してくれた。
ちょっと雰囲気がほぐれて、僕は嬉しくなった。
「うどん、ちょっと食べる? 美味しいよ」
舞茸を食べると、彼女はそう言った。
頷くと、丼を寄せてくれる。
「葱もいい?」
うどんを二筋くらい啜ると、ぶつ切りの焼き葱もひとつ口に入れた。
手打ちの麺らしく、コシがあって美味しい。
「私はお蕎麦、食べたことあるからいい」
そう言って、彼女は残りのうどんを食べていた。
いつものように僕が会計をし、外に出ると彼女が自分の分を渡してくれる。
彼女は城址の外塀にそって、広い道を歩いて行く。
『物見櫓』という看板が立ち、矢印が伸びている。どうやらそっちに向かうらしい。
土手から大きな木の枝が何本も伸びていて、彼女は木漏れ日の下を歩いて行く。
白い帽子の頭が、鳥が飛び立って揺れる木を見上げたり、散歩している犬の方を向いたりしている。
僕はスマホを取り出して、その光景を写真に収めた。
…そういえば、カメラどうしたっけ?
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