Prologue

2/2
前へ
/39ページ
次へ
「さっきの二人、なんか驚いてたね。  絢さんのスタッフか何かだと思ったのかな?」 「そう? ちゃんと紹介しようかと思ったけど、多分この後も、千紘(ちひろ)くんとは接点なさそうだから」 そういうと、彼女はちょっと笑った。 「千紘くんは童顔だし、年より若く見えるからね。夫とは思わなかったのかも」 「そういう絢さんも、40には見えないよ」 「こら、それを言わない」 軽く僕を叩くそぶりをする。 「どこかで、夕ご飯食べていこうか?」 「そうね、大きな仕事がひとつ終わったから、飲みたい気分なの。  車置いていかない? 明日は土曜日だし」 「いいね、会社の駐車場に入れたままだから大丈夫」 そう言って、 「日本酒? ワイン? ビール? それによって店が変わってくる」 「今日はビールかな」 「じゃあ、居酒屋だね」 「あの、前に行ったビルの2階のとこがいいな。  カウンターに座ったら、サービスしてくれたところ」 「分かった。少し歩くよ」 彼女が僕の空いている腕に、自分の腕を絡めてくる。 「バッグ重くてごめん」 「大丈夫。そう思って、いらない荷物は車に置いてきた。  でも、こんなの毎日持ってたら、肩凝るよ」 「うん、今日までだから。心配しないで」 そう言って、ふたりでのんびり店までの道を歩いた。 前と同じ店の、同じカウンターに座ると、美味しそうな物をひと皿ずつ頼んで、シェアして食べた。 彼女はこうやって、何でも分け合って食べるのが好きだ。 それは僕も同じで、レストランなどで一人ずつ違うメニューを注文したとしても、彼女の頼んだものを味見したくて、結局、半分ずつお互いのお皿に載せる。 この夜は生ビールを2杯ずつ飲み、少し日本酒ももらって、いろんな話をした。 今日の仕事のこと、ランチの感想、職場の上司のこともろもろ。 カウンターの上のテレビに映った人のことや、テーブル席で何か話し合ってる女子2人のことや、そんな他愛もないこと。 いつものことだ。 あとで考えて、何であんなに長い時間あの店にいたんだっけ、と思うことがよくある。 僕らの出会いは、彼女に僕の会社の人材育成セミナーを依頼したことだった。 3年ほど前、会社の方針で、これからは女性の管理職候補者を育成していかなければいけない、ということになった。 そういう分野で講義をしてくれる、できれば女性がいいんじゃないか、という上司の指示で、講師を探した結果だ。 絢さんは以前、人材派遣会社に勤めていたらしいけど、5年前に退社して、フリーランスになっていた。 結局、そのセミナーはとても好評で、それ以来、毎年来てもらっている。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1099人が本棚に入れています
本棚に追加